新型コロナ時代には人は「夢」を見る

当方は不思議な夢をよく見る。このコラム欄でも当方の夢の話を書いたことがある。例えば、「ちょっとフロイト流の『夢判断』」2012年10月22日参考)、「レオポルト1世が現れた」2013年6月29日参考)だ。当方は夢に登場する人物とは全く面識がない。前者の場合、ポップ界の王(King of Pop)マイケル・ジャクソンのネバーランドに当方が舞い込んでしまったのだ。どうしてか、は聞かないでほしい。当方も分からないからだ。

当方はマイケル・ジャクソンのファンではない。彼が急死した時(2009年6月25日)、メディア報道を通じてその存在を知った程度だ。レオポルト1世の場合、夢に出てきて初めてその存在を知った。夢の中では誰から説明を受けなくても、彼がマイケルであり、レオポルト1世だと知っているのだ。

新型コロナウイルス(covid-19)=WHO公式情報特設ページの公式サイトから 

多分、読者の皆さんもさまざまな夢を見られているだろう。興味深い点は、英紙ガ―ディアンなどが報じていたが、新型コロナウイルスが欧州に侵入した頃から、「多くの人が頻繁に夢を見るようになった。それも鮮明で生き生きした夢だ」というのだ。

多くの人は睡眠中、夢を見ているが、起床するとその夢の内容は消え失せ、何を見たか記憶していないケースが多い。新型コロナ時代の夢は漠然としたものではなく、不気味なほど鮮明に覚えているというのだ。すなわち、新型コロナは人間の夢の質をも激変させたのだ。

その報道に対し、心理学的に解釈を試みる。

「新型コロナの感染対策でホームオフィスで仕事をする人が増えた。会社に行くために目覚まし時計をかけることはなくなり、ストレスがなくなったので人はゆったりとした気分で深く眠るようになる」(睡眠を取り巻く環境が変わった)。

「不可視の新型コロナに感染するのではないか、といった不安が頭から払しょくできない。ウイルスが至る所でうごめいているのを感じる、テレビを見ても新聞を読んでも新型コロナ関連のニュースで溢れている。人によっては日中インプットされた情報がトラウマ化する。その記憶が睡眠中に大脳皮質に影響を与え、人は夢を見る。その夢の内容は漠然としたものではなく、鮮明なイメージを伴う」。

睡眠は通常「レム睡眠」と「ノンレム睡眠」の2種類に分類される、前者は身体は休んでいるが大脳皮質は働いている状況で、後者は体も脳も休んでいる状況で深い眠りだ。通常、人は一晩で前者と後者の睡眠を繰返す。学者によると90分間隔という。

興味深い点は、両睡眠とも夢を見るが、前者の夢は内容が明確でリアルで、記憶に残る。目を覚ましても記憶している夢は多くはレム睡眠中の最後の夢だ。後者はあまり意味のない内容が多く、記憶に残らない。

まとめると、新型コロナ時代に人が見る夢は「レム睡眠中の夢」という結論になる。問題は「新型コロナ」と「レム睡眠中の夢」の関係だろう。体はベットにあるが、頭は休んでいない。日中体験した内容やテレビや新聞から聞いた内容が夢の中でうごめく。

新型コロナ時代には新型コロナに関連した夢が増えるのは当然だから、新型コロナへの恐怖、不安が夢の中でさまざまな書割をもって登場する。大脳皮質に刻印された新型コロナへの不安、恐怖から心は必死に解放を願う。すなわち、新型コロナが与えるインパクトは起きている時も睡眠中も人に働きかけているわけだ。

人と人の接触が制限され、外出自粛、スポーツや文化イベントは中止、ないしは延期される。ソーシャルコンタクトを制限された現代人は新型コロナ前の日常生活に早く戻りたい、といった強烈な思いがあるだろう。それだけに、夢はリアルで生き生きとした内容となる。

「終わりの時には、わたしの霊を全ての人に注ごう。そして、あなた方のむすこ娘は預言をし、若者たちは幻を見、老人たちは夢を見るであろう」と新約聖書「使徒行伝」2章17節には記述されている。

それに倣っていうならば、「新型コロナの時には、不安と恐怖にとらわれる現代人は夢を見る。それも鮮明で生々しい夢を頻繁に見る」といえるわけだ。人生の3分の1は人間は睡眠している。その時間に見る夢は人生を生きていくうえで重要な役割を果たしているとみて間違いがないだろう。

欧州連合(EU)欧州員会のウルズラ・フォン・デア・ライエン委員長はドイツ国防相時代、「政治家になってから睡眠中に夢を見なくなった」と語ったことがある。もちろん、ここでいう「夢」はあのマーティン・ルーサー・キング牧師の有名な演説で登場する「夢」ではなく、むしろ昨日の出来事、個人や友人が登場する普通の夢を意味する。その夢を見なくなったというのを聞いて、夢に強い関心がある当方は驚いたことを覚えている。フォン・デア・ライエン委員長は新型コロナ時代でも同じだろうか、それとも夢を見始めただろうか。

新型コロナは「第2次世界大戦後、最大の人類への挑戦」といわれているが、危機管理の一貫として、睡眠の危機管理が考えられる。1日1回、長時間睡眠する「単相性睡眠」と1日何度かに分けて短い時間睡眠をとる「多相性睡眠」の2通りの睡眠の仕方がある。どちらがいいかは人によって違う。後者は睡眠時間を短縮できるメリットがある。

いずれにしても、直径100ナノメートル(nm)の新型コロナウイルスは、私たちの人間関係、日常生活を根底から変えた。それだけではない。日中の仕事を終えて休む時ですら睡眠の中に侵入して心を乱すのだ。covid-19は悪魔のような存在だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年4月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。