5月7日から速やかに学校を再開せよ

愛川 晶

いくら何でも、もう黙ってはいられない。批判されるのは覚悟の上で、問題提起並びに提言をすることにした。

夏男/写真AC

最初に「愛川晶なんて作家、知らないよ」という皆様のためにごく短く自己紹介をさせてもらうと、私は1994年に『化身』という作品で第五回鮎川哲也賞を受賞し、それ以来ずっと本格ミステリーのみを書き続けてきた。

そして、ここからが本題だが、私には公立高等学校の地歴公民科の教員という別な顔があって、そちらのキャリアの方が作家よりも長く、38年前と4カ月にも及んだ。なぜ半端がつくかというと、定年退職後に再雇用され、福島県教員委員会から理不尽極まる雇い止めをされたせいだが、その顛末については小説の形で『再雇用されたら一カ月で地獄へ堕とされました』(双葉文庫)に書いたので、ここでは触れない。強調したいことは、教育問題に関しては立派なプロであり、提言をするために必要な見識をきちんともち合わせているという点だ。

それを踏まえて聞いていただきたいのだが、今回の新型コロナウィルス感染拡大防止を目的とした休校措置の経緯をまず見てみると、2月27日に安部晋三首相自身が記者会見を行い、「子どもたちの健康・安全を第一に考え、3月2日から春休みまで、全国の小・中・高校、特別支援学校の臨時休業を要請」したことに始まる。

全国一斉の休校を要請した安倍首相(2月27日、官邸サイトより)

調べてみると、この時点での国内の累計感染者数は214名。官邸主導で急きょ下された決定はいかにも唐突な印象で、野党はもちろん、保護者をはじめとしてネット上でも非難が殺到したし、実際に決定を行う自治体の首長からも困惑の声が聞かれた。批判を受け、文部科学省は「それぞれの判断で行うことを否定するものではない」とトーンダウンし、実際に何日か遅れて休校措置を取った自治体もあった。

と、ここまではごく冷静な反応だったのだが、3月末から感染者が急増すると、社会の雰囲気は一変し、4月7日に特別措置法に基づいて7都府県に5月6日までの非常事態宣言がなされ、さらに、16日には対象が全国へと拡大された。

このため、大学を含めて、全国の学校という学校はすべて臨時休業となり、児童・生徒は全員自宅学習。事実上、新学年が迎えられないという異常事態になってしまった。

その対応策として、文科省が推進しているのがオンライン授業だが、一部の研修指定校を除いては突然対応できるはずなどないし、児童・生徒の側にも情報を受け取るためのハードウェアが欠けている。パソコンやタブレットなら学習に問題ないが、スマホではあまりにも板書が見づらい。使用するプリントも添付ファイルで簡単に送信できそうに思えるだろうが、これがまた難物で、今の生徒はほとんどがLINEなどのSNSでのみやり取りをしているため、メールを一度も送ったことがない者が大勢いるし、その上、自宅にプリンターをもっていない家も相当数ある。

私が元同僚から聞いた情報によると、仕方なく担任が各家庭を訪問して、課題のプリントを配って歩いているのが実情のようで、結局、大学を別にすればオンラインへの移行は難しく、休校措置により、学習に大幅な遅れが出るのは避けられない情勢だ。

実際に教壇の立った経験に基づいて言えば、一カ月の遅れを取り戻すというのは、不可能ではないにしろ、大変な困難を伴う。それを知っているから、子どもたちの将来を考え、一日も早く授業が再開されることを願っていたのだが……ここに来て、どうも様子がおかしくなってきた。

この原稿を書いている4月27日の時点で、愛知、茨城、岐阜など5県が県立学校の5月いっぱいまでの休校を決定し、これに続いて、延長を検討している県が20以上もあるという。さらに、信じがたい話だが、「いっそ何もかも半年先延ばしにして、欧米並の9月入学・始業に変更する」などという冗談みたいな方法を記者会見で大真面目に口にする県知事まで現れた。そんなこと、準備も議論も何もせずにできるはずがないし、なし崩し的になんて絶対にやっちゃいけない。振り回される子供たちがかわいそうすぎる。ちょっと考えればわかりそうなものだ。

感染者の増加という状況の変化はあるものの、2月末の時点とはまるで世間の反応が異なり、まさに言った者勝ち。別な国にでも紛れ込んでしまったような気さえする。

具体的な話をしなければ理解してもらえないと思うので、現在の高校3年生を例に挙げよう。彼らにとって、インターハイの中止がすでに決まり、夏の高校野球大会ももはや風前の灯。それだけでも前例のない不幸だが、もし休校が5月末まで延長されれば、さらなる困難に見舞われるのは必至だ。

写真AC

いわゆる評定平均値は1年生、2年生の評定に3年生の1学期の評定を足し、3で割って算出されるが、これが0.1高いか低いかで、その後の人生に大きな影響を及ぼすことになる非常に重要なものだ。

ところが、もし休校が延長され、授業の再開が6月からになった場合、中間考査はもちろん、期末考査まで従来の日程では実施困難になり、学習の遅れもさることながら、生徒全員に公平な評価を下せなくなってしまう。

夏休みに補習をすればいいと思うかもしれないが、3年生は確定した自分の評定平均値を元にして、この期間に希望する企業を訪問したり、大学や短大・専門学校のオープンキャンパスに参加したりするから、単純に後ろへずらすわけにもいかないのだ。

この例でわかる通り、授業以外でも、学校は非常に密なスケジュールで動いていて、2カ月もの空白にはとても耐えられず、休校が延長されれば、さまざまな弊害を生む。

だったら、今後どうすればいいのか。

私の提言は明快で、以下の通り。最初の非常事態宣言の期間が終了する5月7日以降、感染防止のための最大限の対策を実施しながら、いわゆる三密を避けた形で学校を再開する。具体的には、当初は曜日ごとの学年別登校とし、教員は土曜日も交替勤務することにすれば、小中高校、特別支援学校すべてで週に二日、授業が実施できる。この方式ならば、40人のクラスを2つに分割し、席と席の間を十分に空けることも可能だし、登校しない日の分の課題を教員が配付・回収し、適切なアドバイスを与えられる。一応、新学年のスタートを切ることができるのだ。

実は、これには前例がある。東日本大震災が起きた時、私は福島県伊達市の高校に勤務していたが、2棟ある校舎のうち1棟が使用不能となり、やむを得ず、残った教室に体育館を間仕切りした教室もどきを加えて、学年別に最初は週2日から授業をスタートさせた。

学校の再開には感染の拡大というリスクがどうしても伴う。今回の新型コロナウィルスの厄介な点は、若い世代がまったく無症状のまま、重症化しやすい高齢者に感染させてしまうことで、そういう危険があるのはもちろん百も承知だ。

だから、あらゆる手段を用いて、そうならないための対策をすべきだし、その一環として、児童・生徒自身に感染予防の意識をもってもらうことが必須となる。

けれども、だからといって、いつまでも休校のままにはしておけないし、同様に、経済だって、いつまでも回さなければ別な意味でとんでもない事態を招く。その証拠に、日本とは比べものにならないほど多くの死者を出した欧米の国々がロックダウンを解除する方向に舵を切りつつあるではないか。そういった流れに逆行する決定を安易に下すことには賛成できない。オール・オア・ナッシングとはまるで別の工夫が、現在求められているのだ。

東日本大震災当時の話に戻るが、プレハブ校が完成する前、猛暑の中、冷房もなく、風通しの悪い体育館校舎での授業を、私は今でも鮮明に覚えている。大災害を経験した生徒たちは、全員が本当に食い入るような眼をして、私の言葉に真剣に耳を傾けていた。今回も、子どもたちの反応はきっと同じだろう。考えてみれば、学ぶ喜びを教える、またとないチャンスではないか。

予想される困難は私たち大人の英知を結集して、可能な限り退け、彼らに少しでも早く学ぶ機会を与えるべきである。

愛川 晶  作家・元高校教員
1957年、福島県生まれ。筑波大学第二学群比較文化学類卒業。1994年『化身』(創元推理文庫)で第5回鮎川哲也賞を受賞する。主な作品に『六月六日生まれの天使』(文春文庫)、『高座のホームズ』(中公文庫)など。