長引くコロナ自粛は「青空文庫」で乗り切ろう

2020年05月01日 06:00

一年前の当欄に、ゴールデンウイークに台湾旅行を計画している方向けに、半日の高雄歴史巡りを投稿したのを思い出した。もう一年経ったかと感慨深いが、今年は「青空文庫」をご紹介したい。5月末までともいわれ、さらに長引きそうな自粛を家で過ごすには格好と思う。

紺色らいおん/写真AC:編集部

目下は高齢者のオアシス=図書館は休館だし、書店も休業で読書に困る。そこでお勧めのひとつが「青空文庫」。ご存じの方も多かろうけれど、ボランティアが入力した著作権切れ作品のネット図書館で、無料の専用アプリをネットでインストールすれば、誰でも自由に使える。

収録分のすべてを当たったわけではないが、芥川龍之介、森鴎外、吉川英治、江戸川乱歩、島崎藤村、菊池寛、佐藤春夫、太宰治、山本周五郎、横光利一、梶井基次郎らは、ほとんどの作品が網羅されているようだ。これら程の数ではないが谷崎潤一郎のものも結構ある。

外国作家では私の好きなモーパッサン、チェホフ、コナン・ドイルやオー・ヘンリーが短編主体にたくさん収録されている。贔屓をいうなら織田作之助、坂口安吾のものはほとんどあり、牧野信一や葉山嘉樹のも結構ある。筆者はここ一週間に梅崎春生の収録分15編を一気に読んだ。

これらは知られた文学作品だが、筆者の興味を引いた変わったところを以下に紹介する。

〇河本大作 「私が張作霖を殺した」

1926(昭和11)年6月、第三次北伐直前の蒋介石国民党軍に追われた満洲軍閥の張作霖が、北京から奉天に退却途上に列車もろとも爆破された。当初から関東軍の犯行がいわれ、陛下から対応を諫められた田中義一総理が退任(ほどなく死去)する事態となった。

関東軍高級参謀の河本大作が当時から犯行を認めていたが、2005年に邦訳が出た「マオ」が、ソ連崩壊後の公開資料を基に、スターリンに命じられたKGB将校のレオニド・エイチンゴンの犯行、と書いたことからコミンテルンによる謀略説がいわれるようになった。

河本大作(Wikipedia)

青空文庫収録の同編は河本の自伝形式を取っている。が、書いたのは河本の義弟で作家の平野零児だ。1954年12月の文藝春秋に掲載された。河本は戦後、共産中国の捕虜となって収容所で死去している。東京裁判での証言を含め、河本犯行説には伝聞情報が多いとされる。

一方、エイチンゴンは犯行を自伝に書いている(京大中西輝政教授)。エイチンゴンについては、ヴェノナ文書にメキシコでトロツキーに暗殺を画策した時の記述がある。スターリンが1939年3月にKGB将校スドプラトフにトロツキー暗殺を命じ、スドプラトフはエイチンゴンに協力を求めたのだ。

エイチンゴンはコトフ将軍と名乗ってスペイン内乱に従軍、国際旅団でコマンドー(奇襲)とサボタージュ(破壊工作)の特別部隊の訓練を監督した老練スパイだ。彼はニューヨークに作った隠れ蓑の貿易会社を基地にメキシコに暗殺団を複数作り、1940年にトロツキーの頭蓋骨を斧で襲撃させた。

真相は未だ闇の中だが、青空文庫の同編だけ読んだのでは、河本の犯行と誰もが思い込んでしまうだろう。とはいえ、貴重な作品を無料で読むことができるのはありがたい。

〇ジョージ・オーウェル 「ファシズムとは何か」

エイチンゴンが参加したスペイン内乱といえば、オーウェルがこれに従軍したことはよく知られる。彼は同編の中で、ファシストとは何かを考察すべく、保守主義者、社会主義者、共産主義者、トロツキスト、反戦主義者、カトリック、反戦主義者、戦争支持者、国家主義者などの定義を試みる。

いかにも時代と彼の思想背景を反映して興味深い。例えば、社会主義者の項で「デイリー・ワーカー」紙が「習慣的に労働党のことを労働ファシストと呼んでいた」と書いている。同紙は当時ソ連スパイの孵化器となっていた米国共産党の機関紙だ。

〇小泉信三 「この頃の皇太子殿下」

小泉信三(Wikipedia)

先の河本の本も文藝春秋だったが、同編も1959(昭和34)年1月号の文藝春秋に載った。昨今、少々どうかしてしまった同誌には精彩を取り戻してほしい。さて、日付を見てピンとくるが、同編は正田美智子嬢との婚約が決まった現上皇陛下の皇太子時代の日常スケッチだ。

教育係として小泉は殿下に福沢諭吉「帝室論」、幸田露伴の「運命」、ニコルソンの「ジョージ五世伝」などの読書を勧めた。「帝室論」は父の信吉が福沢門下だったことに由るのか。が、昨年、悠仁殿下のご進講の講師に半藤一利氏を推したのが上皇陛下と聞いて、筆者は大いに落胆した。

〇新渡戸稲造 「民族優勢説の危険」

1928(昭和3)年に書かれた同編で新渡戸は、英国のアングロサクソン自慢やドイツがゲルマンに匹敵する民族なしとするのを批判しつつ、大和民族という純粋な民族があったかすら未だ判然せぬのに、政治上の目的のために作った一種の仮装談はかえって弊害あるを怖る、とする。

「今日英国と称する島に共に住して段々血も混り、今では彼らは、一種確定せる特別な民族たることを誇るに由なく、かえってよく他の長所を吸収する包容力あることを自慢せると同じである。誇りとすべきことは必ずしも人種の純粋なる点ではない」とあるのも国際派の新渡戸らしい。

筆者は「共に住して段々血も混り・・かえってよく他の長所を吸収する」あたりに、新渡戸の台湾経験を髣髴した。台湾人は17世紀以降に入台した漢人男子と婿取り慣習のあった原住民の平埔族が混血して形成された。が、新渡戸がそれを念頭に同編を書いたかは定かでない。

〇竹越與三郎 「日本の真の姿」

竹越も台湾との縁浅くなく、冒頭に「只今後藤さんから御紹介を・・」とある後藤は新平だ。「我國の如きも即ち最初は奴隷經濟であつた。あなた方は奴隷と云ふと日本にさう澤山ないもののやうにお思ひになるかも知れませぬが、(略)日本も其通りで奈良朝時代は純然たる奴隷經濟であります」とあるのを読めば、日本史をおさらいしてみようか、と思う向きも多かろう。

〇野村あらえびす 「楽聖物語」

野村胡堂(Wikipedia)

「あらえびす」は銭形平次を書いた野村胡堂の別名。彼は超の付くクラシックレコード収集家で、同編(20万字もあり角川から文庫本も出ているので同書というべきか)は1941年に書かれた斯界のバイブル本。それまでに出ていた古今東西のあらゆるクラシックレコードの評論集だ。

クラシック好きの筆者は、「フルトヴェングラーがベルリン・フィルハーモニーを指揮した「第五」は存分に劇的で、主観の強烈な、工夫の多いものである。これほど神経の行きわたった「第五」はないが、トスカニーニのに比べては、現実性が稀薄で、芝居気を感じさせるかも知れない。しかしこの二つは併せ聴いて決して損をしたような心持にはなるまいと思う」などの一文にひたすら痺れる。

「第五」とは無論ベートーベンの「運命」のこと。クラシック愛好家で同書を知らぬ者は少なかろうが、もし未読ならこの際、青空文庫でご一読なさると良い。

紙幅が尽きたので、その他に筆者が興味深かったものをいくつか挙げておく。

伊丹万作 「戦争責任の問題」
森鴎外 「夏目漱石論」「能久親王年譜」
石原莞爾 「最終戦争論」
石川欣一 「比島投降記」
津田左右吉 「日本に於ける支那学の使命」
野村胡堂 「内村鑑三全集と今村均」胡堂百話
柳宗悦 「朝鮮の友に贈る書」「台湾の民藝について」

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