中華料理とは違う中国料理がブームに

2020年05月02日 20:00

朝テレビを見てたら、「チコちゃん に叱られる!」で、面白い話をしていた。

焼売は14世紀に明代の中国で発明され、江戸時代に長崎の唐人屋敷に入り、横浜の「博雅軒」が広めた。

学校給食で安い輸入食材であるグリーンピースの使い途を考えていた人が焼売の上にのせて大ヒット。ただし、今は廃れているそうだ。

ただ、番組中で中国料理という表現を使っていたが、これは言葉の乱れだ。昔は、中国の料理は支那料理と言っていた。それが1960年代当たりから中華料理にかわった。

横浜中華街(jarumcaster/flickr)

そして、最近では、従来のチャイニーズは中華料理で、横浜の中華街や神戸の南京街の料理が典型だ。それに対して、戦後、とくに改革開放以降になって大陸からやってきた新華僑がつくるのが中国料理と呼ばれるようになっている。池袋西口あたりにはその手の料理店が多い。

中国料理の魅力としては、まず、中国各地の料理が広く味わえることだ。

日本の中華料理の原点は、長崎の料理だ。江戸時代に日本への窓口になっていたのは、福建省で、琉球王国と北京の行き来も福州経由だった。中国では海を怖がったので東シナ海横断などせずに島伝いだったのだ。黄檗山万福寺も福建省にお寺のイミテーションだ。

それに次いでは、広東省である。とくに東部の潮州あたりである。日本が統治した台湾の住民も福建省と潮州が中心だ。だから、日本の中華料理の原点はこのあたりだ。

さらに、長崎・上海航路などできたので、醤油を多用する江蘇料理もある程度入って、紹興酒も呑むようになった。

また、満洲統治などを通じて、北京料理や餃子に代表される華北の庶民料理も入ってきたが、それはとくに、戦後の復員者によってであるといわれる。

四川料理は、四川省出身だが台湾・香港経由で来日した陳建民(料理の鉄人で知られる陳建一の父)がただ一人でNHKの料理番組に出たり、麻婆豆腐とかエビのチリソースとかを日本で手に入る材料でアレンジし広めた。

これらが中華料理だが、それに対して、中国料理では、満洲や華北の料理も羊を主体にしたモンゴルに近い料理などより純粋なものになっている。また、山西省の刀削麺とか黒酢料理、甘粛省の麺類(ラーメンに似てコシがある)、ピリ辛の湖南料理、東南アジアに近い雲南料理など百花繚乱だ。

雲南省由来の麺料理の一種「過橋米線」(Wikipedia)

最近は中国でも各地の料理がミックスしたものも多い。とくに火鍋に代表されるピリ辛系も盛んだ。これには、台湾に中国各地から人が集まってフュージョンして大陸にも逆輸入されたこともある。また、香港では西洋料理と融合が進んで、こちらは、中華料理でも中華料理でもなくチャイニーズというべきだろう。

支那をFacebookは差別語として扱うが

話を支那について戻すと、『365日でわかる世界史 世界200カ国の歴史を「読む事典」』(清談社)の第37項目は、「なぜ、支那は差別語とされるか」というタイトルになっている。

ちなみに、wikiの「支那」の項目には「評論家の八幡和郎は、著書の中で「支那といっても抗議される由縁はないはずだが、あえて相手の嫌がる呼称を使うこともない。それが大人の対応だ」という私がかつて書いた記述が掲載されている。

私は日中友好推進派だから。上記のような理由で自分では使用しないが、差別語とは間違った歴史認識に基づくものである。ところが、Facebookでは、同一の語源のCHINAやフランス語のCHINE(シヌ)などは許容して漢字表記のみを差別語として、これを使った日本人を片端からアカウント停止にしているが、いかなる価値観が反映されているかは説明がなければおかしいと思う。考えようによっては、欧米人には許されて日本人には許さないのならそれこそヘイトだろう。

以下、『365日でわかる世界史 世界200カ国の歴史を「読む事典」』の一部を紹介しておく。

古代インドでは中国のことをチーナスターナと読んでいた。「秦」から来ているという説が強い。サンスクリット語で書かれた経典に「チーナ」と書かれ、それが中国では音訳で「支那」や「震旦」という言葉に置き換えられたし、西洋では英語のチャイナなどになった。

日本では、それぞれの王朝名を使って「大明」とか「明国」と呼んだり、あるいは「漢」や「唐」などを音読、訓読など入り交えて使ったりもした。支那という呼び名が使われるようになったのは、江戸時代中期以降だ。近代になって、かつては天竺などと呼んだインドを「印度」というのと同じように「支那」の呼び名が定着した。

だが、中国人の一部に支那という名を嫌う風潮が生じ、日本政府は『大支那共和国』と公式に呼んでいたのを、30年に中華民国中央政治会議の決議で、「『支那』という言葉の意味はたいへん不明確で現在の中国となんらの関係もないため、英語では必ずナショナル・リパブリック・オブ・チャイナと書き、中国語では大中華民国と書くよう外交部がすみやかに日本政府に要求するよう促す」としたのを受けて、日本政府は「中華民国」と公式文書に書くようになった。

日本政府は日華友好のためにこれを受け入れた。だが、国号としてはともかく、世間では地理的名称、あるいは国の通称としては支那という言葉が使われ続けたが、1946年6月に連合国の一員として中華民国から外務省に「支那」と呼ばないように指示が出され、それを受けてマスコミなどにも「支那」という言葉を使わないように指導が行われた。

支那は、放送などではいまも避けられ、東シナ海、南シナ海、インドシナが例外である。ただ、差別用語とはいえず、Facebookなどで支那を使うとアカウント停止にしているのは不適切である。

なお、「中華」の2文字の内、「華」を使って「日華」という使い方も、「中華民国」を相手にした場合にはよくあることだ。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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