日本発の対コロナ有望薬2剤を承認できない日本の体たらく

高橋 克己

レムデシビルの開発会社ギリアド・サイエンシズの公式サイトより

新型コロナ肺炎の治療薬として「レムデシビル」の緊急使用が1日、米国で認可され、これを受けて日本でも7日に「特例承認」された。同剤は米医薬大手のギリアド・サイエンシズが2015年にエボラ出血熱治療薬として開発したがこれまで未承認だった。

欧米やアジアの患者1,063人に対して、同剤を二重盲検で治験したところ、退院までの期間の中央値が11日間と、プラセボ(偽薬)を投与した者より4日短かったという。剤型は静脈注射液で、投薬期間は10日間ほど。(*患者や医者にも知らせずにプラセボ投与の場合と比較すること)

ギリアドは86年創業と製薬会社にしては新しいが、ロシュの「タミフル」(日本での製造は中外製薬)もギリアドのライセンスだし、経口C型肝炎治療薬ソバルディ錠とハーボニー配合錠は、それぞれ世界で1,000億円以上を売り上げる超大型薬だ。

他方、日本発の対コロナ有望薬である抗インフルエンザ薬「アビガン」については、「特例承認制度は海外で販売が認められるなど一定の要件を満たす医薬品が対象で、海外で新型コロナウイルス感染症に関して販売が認められていないアビガンに適用することは困難な状況だ」とされた(4月28日菅官房長官)。

しかし、安倍総理は4日、「月内の薬事承認を目指したい」と述べた。特例承認は出来ないが正式な薬事承認を急ぐということか。特例承認とは「医薬品医療機器等法」の第14条の3第1項にある仕組みで、以下の2項とも満たす場合、通常の医薬品医療機器総合機構の審査とは別に承認ができる。

(1) 国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがある疾病のまん延その他の健康被害の拡大を防止するため緊急に使用されることが必要な医薬品であり、かつ、当該医薬品の使用以外に適当な方法がないこと。

(2) その用途に関し、外国(医薬品の品質、有効性及び安全性を確保する上で本邦と同等の水準にあると認められる医薬品の製造販売の承認の制度又はこれに相当する制度を有している国として政令で定めるものに限る。)において、販売し、授与し、又は販売若しくは授与の目的で貯蔵し、若しくは陳列することが認められている医薬品であること。

「レムデシビル」は米国の認可で上記が満たされて日本で「特例承認」が出来た。だが、次に述べる既存薬の「適応拡大」の承認が、米国での緊急認可を受けた未承認だった薬の特例承認よりも厳格というのは解せない。米国がこの戦時にした決断に、同じ戦時の日本がなぜ頼るのか。

適応拡大とは

製薬業界に「DR」なる語がある。ドラッグ・リポジショニング(drug repositioning)の略称で、ヒトでの安全性や体内動態が実績によって確認されている既存薬などから「新たな薬効」を見つけ出し、実用化を目指す研究手法のこと。

DRの一つで、既存薬の適応症が広がった部分の追加承認が「適応拡大」(適応追加・効能追加)。かつて催奇形性で発売中止になった睡眠導入剤サリドマイドは多発性骨髄腫治療薬として再承認され、アスピリンは世に出て百年後に抗血栓効果が判り、筋梗塞や狭心症の再発予防への適応が追加された。

DRの利点は安全性や体内動態が既知ゆえ、開発期間とコストが削減できるところにあり、臨床開発の早期フェーズを省略でき開発期間の大幅短縮が可能とされる。「アビガン」で厚生省のいう「企業治験の一部省略」とはこれだろう。

ノーベル賞の大村智博士が開発した「イベルメクチン」の適応拡大もコロナの治療に期待大だ。6日に北里大を訪問した西村担当大臣に開発者自らが紹介した、1,400人の患者を対象とした米国ユタ大の研究によると、別の治療を受けた患者の死亡率8.5%に対し、同剤投与の場合は1.4%だった。

博士が74年に川奈で採取した土の放線菌に注目し、米メルクとの共同研究で商品化された「イベルメクチン」は、畜産動物の線虫駆除や人間の寄生虫駆除に画期的な効果がある。アフリカで数千万人に使われ「オンコセルカ症」による失明予防にも長年貢献する、副作用も極めて少ない薬だ。

適応拡大ということなら「アビガン」も14年からインフルエンザ薬としての実績がある。副作用の催奇形性も今回で有名になった。その添付文書の副作用、臨床成績等の情報は、承認用法及び用量より低用量で実施した国内臨床試験に加え海外での臨床成績にも基づき、こう記載されている。

「警告」 ()内と4. 5.は省略

1. 動物実験において、本剤は初期胚の致死及び催奇形性が確認されていることから、妊婦又は妊娠している可能性のある婦人には投与しないこと。

2. 妊娠する可能性のある婦人に投与する場合は、投与開始前に妊娠検査を行い、陰性であることを確認した上で、投与を開始すること。また、その危険性について十分に説明した上で、投与期間中及び投与終了後7日間はパートナーと共に極めて有効な避妊法の実施を徹底するよう指導すること。

3. 本剤は精液中へ移行する1)ことから、男性患者に投与する際は、その危険性について十分に説明した上で、投与期間中及び投与終了後7日間まで、性交渉を行う場合は極めて有効な避妊法の実施を徹底(男性は必ずコンドームを着用)するよう指導すること。また、この期間中は妊婦との性交渉を行わせないこと。

要は効く薬には副作用があるということ。原発もそうだが、世の中に「絶対安全」など存在しない。リスクを管理して、それを使いこなすのが人類の英知だ。

日本発薬剤の適応拡大が持つ意味

「アビガン」の対コロナ効果について、感染症専門医の忽那賢志氏は「科学的根拠に基づく議論を」と慎重だ。中国で良い結果が出たという80人規模の臨床研究は症例も少なく二重盲検も行われていないからとしている。「効かない」といっている訳でなく科学的根拠が不足しているとのことだが、積極性を感じない。

医薬品医療機器総合機構サイトより

茂木外相が1日、「アビガン」の無償供与の調整を43ヵ国と終えて、供与を始めるとしたのは(他の40ヵ国も調整中)、この「科学的根拠」を拡充するためだろう。臨床研究の拡大も目的の一つで、臨床データの提供を求めるという。遅蒔きながら積極的に成功させたい「アビガン」外交だ。

日経は5日、6月末までに約100人の計画だった「アビガン」の治験症例がまだ十分でないものの、厚労省が5月中の承認を目指し、一定の条件を付けることで承認手続きを短縮する具体策をまとめたと報じた。承認後の対象限定や容体調査などの条件を検討し、企業治験の一部も省略される見通しという。

朗報だ。だが、米国立衛生研究所は2月下旬から「ダイヤモンド・プリンセス」の米国人乗客に対し「レムデシビル」の治験を始めたという。

ではなぜ「アビガン」や「イベルメクチン」で日本は同じことができなかったのか、なぜ治験症例が十分にならないのか、これらの総括がこの「戦時」には必要だ。

くどいようだが日本発2剤は既存薬の適応拡大で「レムデシビル」は未承認薬のそれだ。DRで述べたように、既存薬なら新適応症への効果以外の安全性などは既知なのだから、米国と同じタイミングで積極的に治験に入っていたなら、今ごろ疾うに薬事承認され効果を発揮していたのではなかろうか。

新型コロナウイルスは、陰性になった者の再陽転例があり、抗体保持者の再感染や集団免疫の有効性などが依然不明で、沈静化しても二波三波が来る可能性が高いとされる。とすれば、日本発のこの経口薬2剤を軽症の段階で広範に使うことこそ、早期の自粛解除による経済活動再開の切り札になるのではないか。