国民の生活・生命より、政治生命が大切なのか!

2020年05月10日 06:00

2011年㋄、東日本大震災を受けて、私は苦しんでいた。同年1月に内閣官房・医療イノベーション推進室が設置され、その初代室長の職にあった。医薬品の貿易赤字が拡大する中で、日本に医療イノベーションを起こすための施策を考えるために設置されたものだ。私を任命したのは菅直人総理大臣、責任者(発足時)は、今は亡き仙谷由人官房長官だった。日本における医療分野の推進策を検討していた時に、大震災が起こったのだ。 

311日午後、医療機器に関する会議の最中に地震が起こった。竹橋にあるKKR東京の会議室にいたが、ビルが倒れるかと思うような、大きな、それまでに経験したことのない揺れだった。東北地方での惨状をテレビを通して目にしたのは、東京駅近くのホテルのロビーだった。

その後は、もちろん、イノベーションどころではなかったが、政府の対応には悲嘆しかなかった。最大の理由は、復興会議だ。東日本大震災復興構想会議のメンバー15名、東日本大震災復興構想会議検討部会メンバー19名の合計34名に医療関係者は一人もいなかったのだ。

この点を指摘するメディアもなかった。30万人が津波で家を失って避難を余儀なくされ、被爆の問題も五里霧中の中で、被災者の健康・医療問題を考えることができる専門家が一人も会議メンバーとして入っていないなど、考えられない事態だった。多くの方が、家族や友人を失っていた状況を考えれば、心のケアも不可欠だったはずだ。

私は、南相馬市の体育館を訪れた際に目にした被災者の方々の姿を、今でも忘れない。そこにいた方々を含め、被災者の健康維持のためにといろいろな案を練ったものの、結局は、火事場泥棒のような連中のために葬り去られた。政治家は、国民の命ではなく、自分の政治生命を優先し、官僚は自分の手柄になる予算獲得を優先したためだ。悲しくて、苦しくて、切なかったが、どうにもならなかった。

道路や建物ではなく、まず、人の命を優先すべきなのに、どんな発想で政治家や官僚は動くのだろうかと思っていた。当時の政権に問題があったのだと考えていたが、今のコロナ感染症に対する動きを見ていて、世の中がどのように変化しても、政治家と官僚の本質的なものは変わらないのだと思っている。そして、専門家と称する人たちの不甲斐なさが、ひときわ目立っている。

PCR検査をしなくていいという、コロナ感染症対策そのものが非科学的だし、自粛要請での「接触80%減」など、実生活に根付いていないものだ。「検査と隔離」という大原則を捻じ曲げたため、PCR検査が不十分で、感染がどの程度広がっているのか、実態がつかめていない。

23日前の共同通信で「感染者がでると、紙ベースで報告を求めていたものが、ようやく電子化された」と報道されていたが、日本が先進国でなくなっている証だ。韓国のドライブスルー検査、台湾のマスク情報アプリなど、日本よりはるかに進んでいる。「過ちを改めざる、これを過ちという」状態が続けば、日本に未来はない。

経済対策も、どう考えても遅いし、小さい。「これ以上国は借金できない」というが、生活を守り、命を守る案が浮かばないなら、職を去ればいい。生活と命を守る覚悟がなければ、政治家を辞めればいい。これ以上借金すると、近い将来、大変だと言うなら、大変になるかもしれない状況を国民に訴えて、共有して、みんなで頑張ればいいのではないのか。

今、「感染症から命を守る」「経済的な疲弊で悲劇を起こさない」ために、必要なことを考えるのが政治ではないのか?「法令の制限がある」などという言葉は、政治家として失格だ。生活と命を守るために必要ならば、法令を変えればいいのではないのか?それができるのが、政治家ではないのか!

志のある政治家や官僚はいないのかと嘆いてみてもどうにもならない。若者よ、吉田松陰、坂本龍馬、西郷隆盛、桂小五郎(木戸孝允)、大久保利通、高杉晋作に学べ!そして、日本を救って欲しい。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2020年5月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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中村 祐輔
医学者、内閣府SIPディレクター

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