新型コロナのお陰で「家庭の価値」再発見か

2020年05月10日 06:00

新型コロナウイルス蔓延に伴う外出自粛や在宅勤務のために、人々が自宅で過ごす時間が長くなった。

acworks/写真AC

このことで、家族で話をする時間が増えたことは、総じていいことであった。とくに、お父さん(夫)と子供との接触機会が増えた。もちろん、その結果として夫婦喧嘩、親子喧嘩になって、コロナ離婚もあるかもしれない。

しかし、父親は家族が食事を終わってから帰宅し(日本は男女の帰宅時間に大きな差がある国だ)、休日は疲れて寝ているとかいうことは減ったはずだ。

学校が休みだったことから、父親が勉強を教えるという機会も増えて、お父さんはいろんなこと知ってるらしいと見直されたという話も良く聞く。子供の教育を母親に任せておくなどおかしなことだ。

保育園も受け入れを絞ったので、外で働いているお母さんも育児をせざるをえなくなった。たいへんだったと思うが、父親も手伝わざるを得なくなり、親子の絆も深まったのだと思う。

日本の子育て支援は保育園拡充の一本足打法といわれ、私も批判してきた。欧米では、家族(両親や姉妹など含む)、友人、ベビーシッターなどの応援を求めたり、同一労働同一賃金の考え方で、週3日だけ働いてあとは自分で面倒見るとかいろんなかたちがあるのに、社会的に非常にコストが高く財政で補填している保育園に預けることばかり推進してどうするのと思っていたが、これで多様化したらうれしいことだ。

海外では、個室が多いので職場に子供を連れてくるとか、自宅で在宅勤務をしながら子供の面倒を見ることも多い。今回の騒ぎで大きなオフィスは見直されるだろうし、在宅勤務も多くなるから、日本でもそういう方向に行くだろう。

親子の関係では、帰省がやりにくくなったのはダメージだが、ズームなどテレビ電話・会議システムを使って遠隔食事会などもできるようになった。祖父・祖母にとっては、それほど喋らなくとも子供の家族の団らんに参加しているだけでも嬉しい。

また、新型コロナでは、いったん入院したら面会もできず、火葬されて骨壺だけが帰ってくることも珍しくなく残酷だったが、このことが、家族との別れが急に来るかもしれないという気持ちにつながり、そういう前提で親や祖父母と話する時間をつくろうということになれば、幸いだ。

しばしば、死に目に会いたいというが、私は肉親の最後に会えるかどうかより、元気なうちに十分に話さなかったかどうかの方が大事だと思うし、人生を振り返ったときの満足も後悔もそこに見出す。

アメリカのブッシュ大統領(父)の夫人だったバーバラ・ブッシュが、こんな名言を残している。

人生の終わりに、テストに合格しなかったとか、裁判に負けたこと、取引をまとめられなかったことなどを、決して後悔しないでしょう。夫や子供、友人、あるいは、親と共に過ごさなかった時間を後悔することになるのです。

私はこれこそ人生についての名言のなかでも、至言だと思うが、今回のコロナ騒動は、そういう気分に人々をさせたのでないか。

日本人が家族と語らう時間の価値を再発見してくれたら、この騒動で失ったものより大きな幸福を手に入れることになるのではないか。

家族の絆は、職場とか学校とか地域での交流が衰退することの怪我の功名としても強まるだろう。婚活パーティーなども下火になるだろう。

結婚についても、私は見合い結婚というか、家族同士の付き合いのなかでの紹介による相手探しが復活していいと思っている。少子化の原因はいろいろあるが、妥当な伴侶をみつけるシステムが崩壊していることもあると思う。

同級生や職場関係、婚活パーティーで知り合ったような場合、その相手について、家族のこともそうだが、本人のさまざまな面や周辺状況を知ることが今の日本では個人情報の壁に阻まれて異常に難しくなっているが、これは正常でないし、眞子様の結婚問題のようなことは日本中で起きている。

ついでながら、近年の日本では、人権派といわれる人たちが、完全には破綻していない夫婦関係を壊し、また、離婚後には片方の親、なかんずく、父親との関係を完全に断絶させることを、場合によってはビジネスとしているといわれても仕方ないような方法で教唆している実態がある。

それについては、アゴラでも牧野のぞみ氏が、『有名リベラル論客を多数提訴〜「実子誘拐」を巡る注目の裁判 』を書いているが、月刊Hanada の電子版であるHanada+でも『「実子誘拐ビジネス」の闇 人権派弁護士らのあくどい手口』という記事が掲載されたので、ぜひ、お読みいただくことをお勧めしたい。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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