10分で読める古代・近代オリンピックの歴史

2020年05月10日 15:00

新型コロナウイルスのためにオリンピックのことなど話題にならなくなり、無責任に「2021年も無理でないか」と、やじ馬的な言辞を有名人が吐くのも困ったことだ。

また、コロナ対策が五輪への配慮のために疎かになったのでないかというまったく論理的な思考ができない愚か者もいるが、「東京五輪をやりたい」ということはコロナへの戦いを後押しすることはあっても逆はありえない。むしろ、オリンピックをやりたいから過度に強力な自粛策をとっているのでないかというならまだしも論理的だ。

それはともかくとして、『365日でわかる世界史 世界200カ国の歴史を「読む事典」』(清談社)で、「10ページで分かる五輪史」という章を設けたので、そのエッセンスだけ紹介しておこう。4月に発売したものの、本屋は休み、 Amazonは品切れ続きという困ったことだが、両方ともいまは正常化しつつある。

古代オリンピックが始まったのは、紀元前9世紀ごろで、テオドシウス帝がキリスト教を国教としたのを受けて393年の第293回大会を最後に中断された。五種競技もあって、短距離走(191m)、幅跳び、円盤投げ、やり投げ、レスリングからなっており、これらが人気競技だったことが分かる。

古代オリンピック想像図(1915年制作、Wikipediaより)

近代五輪の歴史

近代オリンピック(夏期)は、1896年に第1回大会がアテネで開かれた。2020年の東京大会は第27回であるが、1916年の第6回、1940年の第12回、1944年の第13回は世界大戦のために中止されているので、実質的には第24回だ。

第1回(ギリシア・アテネ、1896年)は男子のみ。最初の競技は陸上の100mでアメリカ選手がほかの国の選手がしなかったクラウチングスタートをして差をつけた。マラソンは、ギリシャのスピリドン・ルイスが優勝した。

第3回のロンドン大会で、アメリカ選手団に同行していた聖職者が説いた「オリンピックにおいて重要なのは勝利することよりむしろ参加したことだ」という言葉をクーベルタンが取り上げて有名になった。

NHK大河ドラマ「いだてん」でよく知られるようになったが、日本選手団の初参加は、1912年のストックホルム大会である。はじめてメダルをとったのは、第1次世界大戦後の第7回のアントワープ大会で、テニスの熊谷一弥らがシングルスとダブルスで銀メダルを獲得した。8年後のアムステルダムでは、陸上・水上ひとつずつの金メダルを取ることに成功した。

日本初参加となったストックホルム大会(Wikipedia)

ヒトラーのナチス政権下で行われたベルリン大会(1936年)は、見事な運営、聖火リレー、記録映画などいろんな意味において画期的な大会で、戦後のオリンピックにおいても模範とされるものだった。

初の聖火リレーを実施したベルリン大会(Wikipedia)

第12回(東京、1940年)は、皇紀2600年に合わせての開催が予定されていたが、戦争の激化のために辞退せざるを得なくなった。

第14回(ロンドン、1948年)では日本とドイツの参加は認められなかった。そこで、日本では同時刻に水泳競技を実施し、1500m自由形で古橋廣之進が記録したタイムは金メダルの米国選手より41.5秒も早かった。

第18回(東京、1964年)は、マラソンでアベベが2連覇した。初めて行われた柔道無差別級ではオランダのヘーシンクが優勝した。体操の個人総合ではチェコスロバキアのチャフラフスカが金メダルを取った。

第20回 (ドイツ・ミュンヘン、1972年)は、選手村でイスラエル選手団が人質となり救出作戦の失敗で9人の死者が出た。

第22回(ソ連・モスクワ、1980年)は、アフガン戦争を理由にアメリカや日本などがボイコット。柔道の山下泰裕、マラソンの瀬古利彦などがメダル有力候補だった。

種目数は激増

第1回のアテネ大会では、陸上競技、競泳、体操(ウエイトリフティングを含む)、レスリング、フェンシング、射撃、自転車、テニスが開催競技だった。

1964年の東京大会のときは20競技が開催された。陸上競技、ボート(漕艇)、バスケットボール、ボクシング、カヌー、自転車、フェンシング、サッカー、体操、ウエイトリフティング、ホッケー、レスリング、水泳、近代五種、馬術、射撃、水球、セーリング(ヨット)に、新しくバレーボールと柔道が加えられたのである。 2020年夏季オリンピックでは、33競技339種目が実施される予定だ。

アテネ大会開会式(Wikipedia)

競技のなかの種目数も激増している。たとえば、競泳についてみると、1896年アテネで4、1936年ベルリンで11、1964年東京で18だが、2020年東京大会は37種目とインフレ気味だ。

冬のオリンピックが始まるきっかけは、1908年の第4回ロンドン大会に屋内リンクでのフィギュアスケートが実施されたことである。当時、事実上の「世界選手権」だったホルメンコーレン大会を主催していたノルウェーが反対したが、1924年にシャモニー・モンブランで「第8回オリンピアードの一部として、IOCが最高後援者となり、フランス・オリンピック委員会がフランス冬季競技連盟とフランス・アルペンクラブ共同でシャモニー・モンブラン地方で開催する冬季スポーツ大会」というややこしいものだったが、大会は成功したので、翌年のIOC総会で、第1回冬季五輪として追認された。

オリンピック史上に残る名選手は

①パリ(1924年)でワイズミュラーが100m自由形、400m自由形、自由形リレーで金メダル、水球で銅メダルを獲得し、のちに映画スターとしてターザン役として活躍。

②ベルリン(1936年)アメリカの黒人であるオーエンスが、短距離と走り幅跳びで4冠を達成した。

③ヘルシンキ(1952年)人間機関車と言われたチェコスロバキアのザトペックが、5000メートル、10000メートル、マラソンで金メダルを獲得した。

ザトペック(Wikipedia)

④ローマ(1960年)マラソンで裸足で走ったエチオピアのアベベ選手が優勝した。ボクシングのライト・ヘビー級では、アメリカのキャシアス・クレイが優勝した。のちのモハメッド・アリである。

⑤モントリオール(1976年)ルーマニアのナディア・コマネチが史上初の10点満点を連発。

コマネチ(Wikipedia)

⑥アトランタ(1996年)ボクシングのスーパーヘビー級でウクライナのクリチコが金メダル。グレコローマンレスリングの「霊長類最強の男」カレリン(ロシア)が金。カール・ルイスは走り幅跳びで連覇。

⑦北京(2008年)ジャマイカのウサイン・ボルトが100mと200mで優勝。競泳のマイケル・フェルプスは9日間で17レースに出場し8個の金メダルを獲得してこれから3大会にわたって2人の黄金時代に。

ボルト(Wikipedia)

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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