検察庁法改正法案の成立を急ぐ理由

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大きな話題となっている検察庁法改正法案
正確には「国家公務員法等の一部を改正する法律案」

このまま、この法案を進めると霞が関の機能崩壊につながることについて、先日書きました。

なぜ、政府・与党は改正法の成立を急いでいるのか、
急ぐと何が問題なのか、

今日は、このことを書いてみたいと思います。

1.公務員の働かせ方について議論がされていない

「国家公務員の定年延長はよいが、検察庁法は…」という、意見ばかり見られ、何の議論もなく国家公務員の定年延長がするっと決まってしまうことに大きな危機感を持っています。

本来、国家公務員の定年延長というのは、公務の運営の本質に関わる大変重要なテーマです。

■ 国民のための公務を遂行する行政機関がどのように変わるのか、
■ それは国民にとってよい行政ができるようになるのか、
■ 国家公務員の雇用管理として適切か、
■ 定年延長を進めるなら、どのような人事政策や業務の改善を行えば生産性の高い組織になるのか、

など、様々な論点があります。

このような本質的な議論が完全にスルーされて、検事総長人事ばかりがクローズアップされたまま、国家公務員の定年延長を決めてしまうことは、日本の将来に大きな禍根を残します。

誰も指摘しない検察庁法改正法案の最大の懸念

2.指摘される検察庁法の法的な問題

2-① 黒川検事長の人事と改正法は法的には関係ない

1月の政府の国家公務員法の解釈変更によって、法律改正をしなくても黒川検事長を検事総長に任命することは可能です。法的には、この改正法案と黒川さんの人事は関係ありません。

2-② 行政権による法律の解釈変更の問題

政府が1月に現行法の解釈を変更して、その解釈を基に黒川検事長の定年を延長しました。

法律の解釈変更というのは、国会が定める法律の意味を、行政権が変えるのですから慎重でなければなりません。

国会が定める法律の意味というのは、法律用語では立法意思と言いますが要するに「国会の意思」です。行政権による法律の解釈変更については、時代が変わったのでそれに合わせて解釈を変更することは許されますが、「立法意思」の範囲を超えてはいけません。国会でルールを決めた意味がなくなってしまうからです。行政による立法権の侵害になります。

また、

A 解釈変更の内容が適切か、
B 解釈変更の手続は適切か、

ということについて、しっかりと国会や国民に説明して納得してもらう必要があります。

こういう検証がしっかりなされないと、「国会の意思」やその背後にある「世論」が反映されていないルール変更を行政が行うことが容易になってしまうからです。

最近、話題になっていますが「三権分立」の趣旨がないがしろにされるおそれがあるということです。

2ー③ 黒川検事長の個別人事の適正性

1月の解釈変更と黒川検事長の定年延長の決定については、上のAとB両方の観点からと、下のCの3つの観点から疑問が呈されています。

A 解釈変更の内容が適切か
これは黒川検事長を検事総長に任命するために恣意的に解釈変更をしてルールを変えたのではないかという疑問が呈されています。

⇒ これについては、解釈変更を指示した人の意思が分からないので、僕もなんとも言えませんが、説明が尽くされ多くの人の理解や納得が得られたとは到底言いがたい状況ですね。少なくとも、解釈変更直後に黒川検事長の定年延長が決まっています。

B 解釈変更の手続が適切か
検察庁法を所管する法務省が、国家公務員法の一般の国家公務員の定年のルールを解釈する人事院及び政府の法律解釈を担当する内閣法制局に相談して決めたということです。

⇒ この手続は不透明なままです。説明も二転三転していますし、解釈を変えた書類(法令協議における法務省の質問に対する人事院の回答のような体裁です)も日付がなかったりと、不可思議なところがあります。

C 黒川検事長の定年延長という個別の人事が適切か
検察官にも国家公務員法の定年延長の規定が適用されるとして、黒川検事長の定年を延長したことが内閣の人事権行使として適切かという論点です。

⇒ これについては、官邸の守護神とか安倍政権の意をくむ黒川さんが検察トップになることで政権に不利な捜査が行われなくなるとか、そういうことが指摘されています。

これも、人事を決めた人の内心がどうなのか私にはよく分かりませんし、黒川さんは有能な人だという人もいます。

前提として押えておかないといけない大事なことがあります。官僚の人事については、内閣なり大臣なり政治家が人事権を持っているとしてもその人事権は国民から付託を受けた国会議員で構成される国会の首班指名及び組閣(総理大臣が他の閣僚を任命)に基づくものです。

要するに、政治家が持っている官僚に対する人事権というのは「国民からの借り物」なんです。

したがって、全ての官僚の人事は、政権のためではなく国民のためによい行政ができるかという観点からなされるべきことは言うまでもありません。

人事権というパワーを貸している国会や国民に対して、人事権の行使が適切かどうかは、常に説明をして理解が得られる必要があります。

黒川検事長の定年延長という人事権の行使が適切かどうかについては、政府は詳しい説明を全くしていません。

これだと、人事権が「国民からの借り物」だということを任命権者が理解して国民のためを思って人事権を行使してくれているのか、自分たちの利益のために人事権を行使しているのかが分からなくなってしまうのです。

今、検察庁法改正法案に反対の動きが盛り上がっている本当の理由はここなんです。

3.改正法案が成立すると黒川検事長の定年延長問題がどう変わるのか

改正法案が成立すると上記のA~Cはどうなるのでしょうか。

少なくとも上のAの「解釈変更の内容の適正性」の論点は完全にクリアされます。
政府(行政権)が行った解釈変更と同じ判断を国会(立法権)がしたことが事実として証明されるからです。

改正法が成立した後に、解釈変更について国会で問われたら、政府は「改正法でも同様の内容が決められた。」と答えるはずです。

Bの「解釈変更の手続の適正性」の論点も8割方クリアされます。
要するに、ちょっとプロセスが乱暴だったけど、内容は正しい(国会の意思と齟齬はない)ということになるので、プロセスのまずさもスルーされやすくなります。

Cの「個別人事の適正性」の論点は依然として残りますが、人事が恣意的かどうかというのは、結局のところよく分からないので「そうかもしれないし、そうでないかもしれない」という話なのです。なので、Cの論点だけだったら、政府としては「そんなことはない。」と言い続けることができるのです。

以上のように、この改正法が成立すると、黒川検事長の定年延長の問題について、かなり追及をかわすことができるようになります

法的には関係ないけど、政治的には大きな意味があるのです。

ちなみに、この法案は国家公務員法を所管する内閣府の案件を議論する内閣委員会で審議されています。

検察庁法を所管する森法務大臣の出席を野党は求めましたが与党は応じていません。

森法務大臣はCの黒川検事長の定年延長を決めた責任者ですから、法務大臣がいないと、法案審議の中でCの論点を十分に議論することが難しいのです。

国家公務員法の担当である武田大臣が、「法務省がお答えすべきことであるが・・・。」と答弁しているのは、自分の責任で答えようがないからです。

4.なぜ、急いで成立させると困るか

この状態のまま、法律が改正されると、Aの解釈変更の内容についても、

■ 国会の意思(改正法の内容、つまり解釈変更の内容はOK)

■ 世論(この改正法に賛成できない。理解ができていないかもしれないし、理解した上で納得できないという人が多い。)

の間にねじれが起こりかねません。

こうなると、権力が国民の負託を受けたものであるという民主主義の根幹が揺らぎかねません。

また、黒川検事長の定年延長という個別の人事権行使についての説明責任を果たさないといけない理由も大分弱くなっていくので、内閣や大臣の人事権の適正な行使(「国民からの借り物」らしく使っているかどうか)をチェックすることが難しくなっていきます。

国家公務員の働き方のこと、検察官人事のことをしっかり説明し、法律の内容だけでなくどのような運用がベストかということも含めて、十分な議論がなされ、国民の多くが納得する中で成立することを望みます。

それは、公務を国民のためによいものにすることと、民主主義を守ることの両方の観点から大切なことで、この法案の審議はものすごく重いのです。

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編集部より:この記事は元厚生労働省、千正康裕氏(株式会社千正組代表取締役)のnote 2020年5月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。