「9月入学制」の語られない問題点

2020年05月18日 06:00

ac work/写真AC(編集部)

アゴラにはこれまでに2回、「5月7日から速やかに学校を再開せよ」(4月29日)、「学校再開に舵を切った文部科学省を支持する」(5月6日)と記事を投稿させていただいた。その後、鳥取県を皮切りに学校が再開され、また文部科学省からの通知も行われたため、多くの自治体で児童・生徒の試験的な登校が始まり、さらに、5月15日に39県における緊急事態宣言が解除されたことを受けて、多くの県が当初は5月末までとしていた休校期間を短縮することを表明している。

こうして、私が最も危惧していた9月入学・始業制を大義名分とした本年8月までの教育的空白という異常事態だけは何とか回避されたのだが、安心したのも束の間、今度は同制度が来年秋に導入されることが現実味を帯びてきた。5月14日の記者会見において、安部首相自らが休校による学力格差解消のための「有力な選択肢の一つ」と述べたし、また政府が導入のための本格的検討に入ったとも報道されている。

この問題については、すでに多くの個人・団体が賛成・反対両方の態度を表明している。それらを眺めてみると、挙げられている主なメリットは「世界標準に近づくことにより留学に有利」「休校による学習の遅れや格差の解消」の2点だが、現実に留学する生徒は全体の1%にも満たないので、論拠として有力なのは圧倒的に後者のようだ。

そして、デメリットは「会計年度とのずれによる就職難」「小学校入学が遅れるための待機児童の増加」「卒業が遅れるせいで経済的負担が増加」などだが、実際に38年と4カ月教壇に立った経験をもつ私から見ると、最大の問題がほとんど語られていない。それは「教育現場におけるノウハウが一挙に消滅すること」で、その影響はあまりにも甚大だ。

学校の教員には授業や担任以外にも「校務分掌」と呼ばれるさまざまな役割があるが、部活動の顧問を除けば、専門家と呼べる人材はほとんど見当たらず、教務、生徒指導、進路指導、施設厚生など、割りあてられれば何でもしなければならない。それが実態だ。

わかりやすい例を挙げれば、私は退職する前年に突如奨学金の係を命じられた。このように、本来は事務職員がすべき仕事を校長が教員に押しつけている例は多い。3年生にとって、奨学金が給付・貸与されるかどうかは一生を左右する大問題で、しかも、その種類は無数にある。

そんな複雑かつ重要な仕事を何の知識も経験もない人間が担当するわけだから、その苦労は大変で、特に1学期は毎日8時・9時までの残業を余儀なくされたが、それでも何とかミスを犯させずに済んだのは、過去のファイルを常に手元に置き、前年・前々年と同じ業務を漏れなく続けたおかげだ。

一事が万事。9月入学制により、過去の蓄積がすべてご破算になり、何もわからない中、自分自身の判断で進めなければならないとしたら……考えただけで、ぞっとする。今でさえ多忙化が問題になっている教員の業務がさらに何倍にも膨れ上がり、学校現場の疲弊ぶりは限界を超えるだろう。そして、一番大切な生徒と向き合う時間がますます減少してしまうことになる。

今回の記事で、私が声を大にして言いたいのは、実は9月入学・始業制の是非ではなく、来年秋からの導入は絶対に避けるべきだという点だ。もし制度を改めるにしても、現場が新たな「仮のノウハウ」を構築する時間は必ず与えなければならない。そんなこと、わざわざ言わなくたって、わかりそうなものだ。

もしもトップダウンで来年からと決定された場合、多くの学校では新年度の行事予定さえあやふやなままスタートすることになるだろう。もちろん仮の予定は組むしかないが、年度初めにすべて確定することは難しい。定期考査、修学旅行、文化祭、スポーツ大会など重要な行事は部活動の大会や各種検定試験などをなるべく避けて設定されるが、それらがそう簡単に決まるとは思えないからだ。

なぜなら、高校を例に取ると、高体連や高野連・高文連、あるいは資格を認定する全商(全国商業高等学校長協会)、全工(全国工業高等学校長協会)などはすべて教員が自ら運営している組織だ。全国の高校がどのような年間行事計画を作成するかを一通り見極めないまま、勝手に日程を入れられるはずがない。普通、高校2年次に実施される修学旅行は入学した翌月には旅行業者に予約するものだが、もし来年秋から新制度が導入されれば、この問題だけで、新入生担任のほとんどが途方に暮れてしまうだろう。

では、どうすれば無用の混乱を避けられるか。方法は簡単で、「X年後に9月入学制を実施するから、それまでに準備をせよ」と政府が宣言すればいい。

それならば、部活動なら各校の顧問が自分の学校の年間計画案を持ち寄り、地区、都道府県、そして全国へと集約を進め、各団体が大会などの日程を調整する時間的余裕ができる。それらが確定して初めて、各校の年間計画作成が可能になり、スムーズに新制度に移行できるのだ。その手続きを経ずに見切り発車をすれば、現場は間違いなく未曾有の混乱を来す。これは断言してもいい。

Xの中に入る数字は常識的に考えれば「3~5」だろうが、「1」でも「0」よりははるかにましだ。「0」だけは絶対にあり得ない。ということは必然的に、9月入学制は現在問題となっている学力の遅れや格差を解消する手段としては、まったく使い物にならないということになる。

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