検察庁法改正案の問題は何か 〜 民主的統制である情報公開の視点から

2020年05月18日 11:30

ちょっと長いのですが、今般の検察官の定年延長に関する検察庁法改正案についての考えをまとめましたので、読んでいただければ幸いです。

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行政の一部であり“準司法的”機関でもある検察官

実は、検察トップの人事をどうするかは実は難しい問題です。確かに検察官も行政組織の一部だし、“検察の暴走“も否定できないので、限定のない独立性や自律性を与えるのも怖いなぁと感じている人もいるでしょう。なので、内閣の統制を受けることも必要ですし、実際、検事総長らの任命権者は内閣となっています。

*なお、最高裁長官も内閣が指名するので、任命という人事の「入口」に内閣(行政)が関与するからといって、三権分立が必ずしも害されているとは言えません。三権分立が厳格に運用されているとされるアメリカでも、最高裁判所の裁判官は大統領が任命します。

一方、行政官である検察官には、その行政のトップである内閣総理大臣さえ逮捕できる強大な権限が与えられています。憲法77条には「検察官は、最高裁判所の定める規則に従はなければならない。」と「準司法的」機関としての定めもあり、行政組織の一部でありながら、その中立性や独立性を担保する絶妙の配慮が、これまでも制度上なされてきました。例えば、検察庁法23条では、検察官は検察官適格審査会の議決を経なければクビにならないこととされています。

また、各省庁の幹部人事を一元管理する仕組みとして創設され、「忖度役人」の温床だと批判される「内閣人事局」も、検察官の人事については内閣総理大臣や官房長官への協議の対象外です(国家公務員法第61条の8第1項)。もし、定年の延長と同様、検察官が人事において他の公務員と全く同じ扱いにすべきと言うなら、この規定も改正すべきではないでしょうか。しかし、今回の検察庁法改正案には入っていません。法案の中に矛盾があるとも言えます。

判断の前提は民主的統制の原点、情報公開

いずれにしても、検察官は行政組織の一部でありながら「準司法的」機関なので、

  • 「定年延長」反対派からすれば「三権分立を侵すから問題だ」
  • 「定年延長」賛成派からすれば「行政なんだから他の公務員と同じで当たり前だ」

という論争が必然的に出てきます。

では、どちらが正しいのか。

私は、これまで歴史的経緯や現行法の体系を踏まえれば、検察官の独立性、中立性を尊重する立場です。ただ、行政による法解釈の変更やそれに基づく法改正を頭から否定するものでもありません。

しかし、それは条件次第です。

では、その条件とは何か。

それは立法理由とプロセスの徹底した情報公開が適切に行われることです。

時に、法令の解釈は変更されます。ただし、長年にわたって維持されてきた解釈を変更するには、合理的理由があり、そのプロセスが広く国民に公開されなくてはなりません。

黒川検事長(東京高等検察庁ホームページより)

黒川検事長の定年延長は、現行法の「解釈変更」によって認められたもので、今審議中の検察庁法改正案によって新たに認められるわけではありません。

にもかかわらず、「黒川さんのための法改正」とか「違法な解釈変更を後付けで正当化する法改正」との疑念が消えないのは、政府が以下のシンプルな問いに答えていないからです。

解釈変更や検察庁法改正の理由が非公開

①なぜ、検察官に定年延長と役職定年を新たに導入しなければならないのか

昨年10月に法務省がまとめた検察庁法改正案には、検察官の定年延長と役職定年を認める規定がなかったのに(退職年齢の引き上げ規定のみ)、今年になって出てきた法案に突然入った理由は何か。武田大臣の「時間があったから追加した」旨の答弁には到底納得できません。法務大臣自身も、黒川さんのケース以外に定年延長を認める理由はないと国会で認めています。理由が分からないというか、ないのです。

②なぜ、黒川氏の定年延長を決めた1月31日以前に、法解釈を変更したことを裏付ける物的証拠がないのか

今年1月末に政府部内で「解釈変更」を行ったとされていますが、人事院から法務省に対して「(解釈変更に)異論がない旨」回答したとされる文書には作成日付がなく、黒川氏の定年延長を閣議決定した1月31日よりも前に作成されたことを証明できる文書や電子データがいまだに出てこないのはなぜか。

2月10日に、山尾志桜里議員が「検察官は国家公務員法の定年延長制の対象外」という過去の国会答弁の存在を指摘してから、後付けで解釈を変更したのではないかとの疑念は消えません。人事院の松尾局長は私の国会での質問に対し、直接手渡したので日付は入れなかったと答弁しましたが、理由になっていません。

この2つのシンプルな問いかけに対して、政府から納得できる説明や資料は、国会にも国民にも全く示されていません。つまり、今回の検察庁法改正や、その前段の黒川氏の解釈変更による定年延長には、合理的な理由もなければ適正なプロセスもないのです。よって、今回の法改正は、政権が恣意的に検察権を行使することを可能とするための改正と言われても仕方がないのです。

なお、政府は、黒川氏の定年延長に関する情報公開請求に対して、その法的根拠を検討した文書は「不存在」と回答しています。(5月16日毎日新聞報道)これでは、誰も納得できないでしょう。

説明がない以上「おかしい」は当然

究極的な行政の民主的統制手段は、選挙を通じて「おかしい」との主権者の意思を表明することです。ただ、選挙と選挙の間にも様々な形で国民は権力に対して民主的統制が効かせることができます。 その一つが情報公開のよる民主的統制です。

情報公開が適切に行われていれば、権力行使をチェックできます。あるいは、当然出てくるべき情報が出てこない場合には「正しいことが行われていない」可能性があると推定され、それに基づいて「おかしい」「あやしい」と声をあげる根拠になります。今回はまさにそれがネットを通じて大きなうねりになったのではないでしょうか。

情報公開なき「動機不純」な検察庁法改正案

写真AC

繰り返しになりますが、法律の解釈は行政の裁量で時に変更されます。しかし、当然変更には合理的な理由が必要であり、その変更のプロセスとともに情報公開を通じて国民に適切に公開されるべきです。

その義務が果たされていない以上、政府の行った解釈変更と、それを後付けするような検察庁法改正案には問題があると言わざるをえません。「動機不純」な改正案と言われても仕方がないのです。

報道によれば、日本維新の会が今後の定年延長の理由を公文書で残すことを附帯決議に盛り込むことを条件に法案に賛成するとのことです。私も情報公開の必要性は重要だと思います。

しかし、情報公開にこだわるなら、なぜ疑惑の本丸である現行法の解釈変更に関わる情報公開を求めないのでしょうか。上記②の1月31日以前に法解釈を変更したことを裏付ける証拠の提示は最低限求めるべきでしょう。それも求めずに賛成することは情報公開を重視する立場ならあり得ないと思うのは私だけではないはずです。

幸いにも、維新の議員さんの中にも、音喜多議員や串田議員をはじめ、問題点をよく理解している方がいらっしゃいます。そうした議員の声を踏まえた適切な判断が行われることを期待しています。

そして、改めて自民党、公明党の与党議員には、採決の前に少なくとも上記2つのシンプルな問いに答えることを強く求めます。それもないまま採決を強行することは議会人として不誠実です。

思ったことを口にすればいい

最後に、今回、芸能人をはじめ多くの方が、TwitterなどのSNSを通じて検察庁法改正案に抗議する声をあげました。それに対して「素人は黙っていろ」的な声も一部で上がりましたが、私は全くナンセンスだと思います。

私自身、2月に国会で黒川検事長の定年延長問題を取り上げましたが、私でさえ、改めて法案を読み込まないと論点の整理ができませんでした。100点満点でなくてもいいのです。ちょっとでもおかしいと思ったら声をあげればいいのです。それが民主主義の原点です。

私は、歌手やミュージシャンではありません。音楽の素人です。でもビールのCMで流れてきた、あいみょんさんの「ハルノヒ」を聞いて、「いいなぁ」「演奏できないかなぁ」と思って、楽譜も読めないのに下手くそなピアノを弾いています。

政治でも音楽でも、直感で感じた思いを具体的な言動につなげることはどんどんやればいいのです。もし政治の分野で分からないことがあれば、私もTwitterYouTubeの解説でいくらでもサポートさせていただきたいと思います。


編集部より:この記事は、国民民主党代表、衆議院議員・玉木雄一郎氏(香川2区)の公式ブログ 2020年5月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はたまき雄一郎ブログをご覧ください。

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玉木 雄一郎
衆議院議員(香川2区、国民民主党代表)

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