なぜスイス人は「マスク嫌いか」の話

2020年05月18日 11:30

スイスもオーストリアもアルプスの小国だ。内容は少し異なるが、両国とも中立主義を掲げている。世界各地から政治亡命者や難民が殺到する点や国連機関の拠点がある点は似ている。大きな違いはオーストリアは1995年、欧州連合(EU)入りしたが、スイスはEUに加盟していないことだ。多分、両国は類似点のほうが相違点より多いのではないか。

※画像はイメージです(今年1月、ベルンでの環境デモ McMaster/flickr)

ところで、最近になって新たな相違点が浮かび上がってきた。中国武漢市で発生した新型コロナウイルスが欧州全土に感染を拡大させて以来、欧州各地で感染防止のためにマスクが着用されてきたが、そのマスク着用でオーストリア人とスイス人では大きく異なるのだ。前者は欧州でもチェコと共にマスク着用には積極的で、4月6日からスーパーでの買物や公共交通機関の利用時にはマスク着用を義務化したほとだ。後者はマスク着用に抵抗を覚える国民が多く、実際、マスク姿の国民は少ない。スイス公共放送協会のウェブサイト「スイスインフォ」(5月12日)は「スイス人はなぜマスクを着けないのか?」を特集していたほどだ。

スイス国民がマスクを着用しない理由として、①マスクが手に入らない。スイスインフォによると、4月27日以降、小売店でようやくマスクを買えるようになったという。②マスクの効用に確信がないこと。政府やウイルス専門家は「マスク着用では感染を防げない」と説明している。そのような雰囲気の中で誰が積極的にマスクを使用するだろうか。マスクの着用を勧める一方、その効用は疑わしいと述べているのだ。

チューリヒ大学アドリアーノ・アグッツィ教授はツイッターで、「マスクを着けると誤った安全感覚に陥り、リスクの高い行動に出やすくなる。シートベルトを締めただけでアイルトン・セナ気分になってしまうようなものだ」と述べている。

それではなぜオーストリア国民はマスクを積極的に使用するのか。同国でもマスクを薬局で買うのが難しかったし、感染拡大当初はドラッグストアーでもマスクは売り切れだった。その点、スイスとは大きく変わらない。ただし、オーストリアは中国から大量のマスク購入に成功している。オーストリア航空がわざわざ北京に飛び、大量のマスク、防御服を受け取ってきた。また、一般市民にはマスク不足の中、洋品店や仕立て屋では布製マスクを作って販売しているし、手作りマスクも増えている。スイスとオーストリアではマスクへの政府の思い込み、積極性が明らかに違う。

次は②のマスク効用論だ。クルツ首相は、「マスクでは新型コロナの感染を防げないが、他者に感染させない点では効果がある」と説明し、「国民が一人一人、マスクを着用し、隣人に感染をうつさないように努力すれば、最終的には自身への感染防止につながる」というのだ。そして、その延長線上に「新しい正常化が生まれる」という。それだけではない「マスクの着用は欧州の社会文化では見られなかったが、アジアでは定着している。そのアジアでマスクが感染防止に大きな役割を果たしているとすれば、アジアから我々も学ぶべきだろう」と指摘している。

興味深い点は、マスク着用は慣れていないという点ではスイス、オーストリア両国民は同じスタートラインにいたが、マスクを着用することで「他者を感染させない」という意義を見出すオーストリア国民に対し、スイス国民は、「マスクを着けると慎重すぎる、自己防衛に走りすぎていると思われがちだ。言い換えれば、マスクを着けている人は他人ではなく自分を守りたいだけだと思われる」という恐れを持つことだ。すなわち、マスク着用で両者の受け取り方の差がマスク着用率の違いとなって表れているのではないか。オーストリア国民はマスクの実用性を重視し、スイス国民はマスクを着用する自分がどのように受け取られるかを気にする。スイス人は案外、見栄っ張りなのかもしれない。

マスクを着用すれば、息苦しい。だから長期間マスクを着用できない。オーストリアでも感染者が減少傾向にあることもあって、「マスク着用よりも相手との距離を置くことのほうが重要だ」という声が次第に高まってきている。路上に使用済みのマスクが落ちていたり、ゴミ箱にマスクが溢れることから、マスク着用は新たな環境問題になるという意見さえ出てきている。

スイス・インフォによれば、「健康な人は公共の場でマスクをつけるべきではない。なぜならば、健常者がマスクをしても、ウイルス吸引による感染から効果的に身を守ることができないからだ」、「自身が健康で、病人を世話していないのならば、マスクを無駄にするだけだ」といった声がある一方、スイスの2大スーパーマーケット「ミグロ」の従業員はマスクの着用が義務化されないことに不安を感じているという。マスク不足という危機管理の欠陥をカバーするために、「政府や保健関係者は必死にマスク無用論を展開させている」といった深読みをする声まで聞かれる。スイスでは依然、マスクの効用論でコンセンサスがないのだ。

ちなみに、スイス連邦保険庁が公表した数字によれば5月16日現在、感染者数は3万0469人、死者数1879人。人口10万当たりの感染者数でみると、感染者数359人、死者数は22人で、上位10位に入っている。

スイスでは今月11日からロックダウン緩和第2弾がスタートした。具体的には、小中学校などの義務教育(16歳まで)の休校が解除され、商業店、カフェ、レストラン、フィットネスセンター、図書館、美術館・博物館も、適切な感染予防措置を講じた上で再開が認められた。

いずれにしても、政府の第2弾緩和策がスムーズにいけば、スイスでは「マスク無用論」が力を得るだけではなく、欧州全域にも影響を及ぼすことになることは間違いない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年5月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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