小さな会社の社員だからこそ治療しながら働く時代

2020年05月20日 06:01

源田 裕久 社会保険労務士

今から約20年前、100歳の双子として一世を風靡し、テレビやCMなどでお茶の間を楽しませてくれた成田きんさん、蟹江ぎんさんの姉妹が相次いで天に召された。当時、100歳を超えてハツラツとしておられる方は非常に稀有な存在なのだと思っていたが、この令和の時代では日本全国で100歳を超える方が7万人を超えている。政府官邸には「人生100年時代構想会議」が設置されており、今後の日本の経済・社会システムについての検討が行われているほどだ。

きんさん、ぎんさん姉妹が活躍されていた当時、会社員は55歳くらいでリタイアしていたが、現在は60歳定年時に離職することも少なくなっており、再雇用制度を活用して65歳まで働くどころか、70歳やそれ以上の「生涯現役」まで視野に入りつつある。

人手不足感が高止まりとなるなか、元気なシニア世代には継続して長く働き続けて欲しいと願う企業は年々増加している。あわせて社員の健康管理を経営課題に据え、戦略的に取り組む『健康経営』という考え方も広がりを見せており、例え社員が“ガン”などの病気に罹患したとしても、治療を続けながら、本人のキャリアをしっかり継続させるサポート体制を構築するなどの対策が少しずつ進んでいるように感じる。

社会保険と医療技術の進歩が支えに

さて、筆者が経験した例になるが、画材ショップTに勤務している40代の女性スタッフのBさんは、3年前の定期健診で胃がんが見つかり、入院して手術を受けることになった。

精神的なショックを受けつつも、シングルマザーとして家計を支えているため、早期に仕事に復帰したいと願ったBさんに対し、ショップ側は「十分な治療を受けて、焦らずしっかり治すよう」に伝えて、2か月間の休職期間を与えた。株式会社である画材ショップTは、社会保険に加入しており、彼女の休職期間中は全国健康保険協会(協会けんぽ)から、傷病手当金が支給されることになった。

FineGraphics/写真AC

この「傷病手当金」とは、業務外(仕事に起因するものは労災保険の対象)の病気やケガなどで働けない場合、標準報酬額を平均した額の2/3の金額が最大で1年6か月まで受け取れる制度であり、国民健康保険には無い手厚い補償内容となっている。

参照:病気やケガで会社を休んだとき(協会けんぽ)

医療技術の進歩により、一昔前と違って今や胃がんの入院・手術は、数日から数週間程度での退院が普通となっている。Bさんも早期発見であったことから、10日ほどで退院となった。これは従来から行われてきた開腹手術ではなく、ご長寿姉妹が旅立たれた約20年前に日本で開発された腹腔鏡下胃切除術を受けることが出来たことも大きな要因であっただろう。

参照:がんと仕事のQ&A(国立がんセンター)

なお、画材ショップTは地域内で3店舗を経営しており、Bさんの穴埋めは他店のスタッフでローテーションして補えるという職場環境にあったことも彼女にとっては幸運なことだった。代替要員の確保が容易でない場合には経営者が難しい判断を迫られるケースもある。

増える「私傷病による休職」

法律的な話をすれば、社員は企業と労働契約を結んでいるので、労務の提供が出来ない場合は債務不履行となってしまい、労働契約が解除されることも十分にあり得る。事業規模が小さいほど、社員1人1人にかかる業務負担は大きくなり、社会保険加入企業では保険料の負担もあるため、病気に罹患して働けないとあれば、残念ながら「解雇」すると口にされる経営者は実際におられる。

しかし、がん治療の日数が短くなっていることや治療日数もある程度正確に見込めることもあり、派遣労働者を受け入れて穴埋めしたり、各種助成金を活用することで何とかやりくりしようという企業も増えてきている。それは最近の就業規則見直し相談の対応時に強く感じている。

筆者は法律上の要請でない「私傷病による休職」を認めることは、「経験やスキルを持った社員が安心して治療に専念できるため、人材の定着率向上に繋がり、結果として企業全体の能力アップに貢献する」と考えている。そのような説明をしても、以前は形式的に導入されているような感じが多かったのだが、最近は本当に多くの経営者が熱心に耳を傾けてくれるようになり、質問もたくさん受けるようになった。趣旨を理解した上で、同規程を採用するケースが着実に増えていることを実感している。

ちなみに、同じ休職であっても、「心の病」の場合には、医師による診断を基にしても寛解したという確証が持ちにくいこともあることなどから、休職しても先の見通しを立てづらいケースも少なくない。

企業も見通しが立てやすい「がん治療」

しかし、がん治療などは、前述の通り、ある程度の治療期間が見通せるので、復帰へのスケジュールも組みやすく、少なくとも数か月単位で狂うことは少ない。そうであれば企業側としても休業期間への見通しがつくので、対策も取りやすくなる。加えて助成金などを活用できれば、金銭的な負担も軽減できることになり、更に復帰を待てる体制を整えることが出来る。そのための国や地方公共団体からの支援策は拡充されつつある。

参照:治療と仕事の両立支援助成金(制度活用コース)の概要(労働者健康安全寄稿)

参照:東京都難病・がん患者就業支援奨励金(東京都サイト)

RRice/写真AC

また、業務以外の病気やケガで日常生活に支障をきたすようになった場合には、障害年金を受給できるが、「仕事を辞めないと障害年金が受給出来ない」と誤解されている方が結構多い。働いて給与を受けていても障害年金は受給できる。

特にがんの場合、人工肛門や尿路変更の手術を受けたケースような外見上でわかる場合だけでなく、抗がん剤による副作用(倦怠感やしびれ、下痢、嘔吐など)でも、仕事に支障をきたすような場合には、受給できる可能性がある。この年金は本人申請であり、遡及申請は5年間までという制限もあるので、このあたりは留意して欲しいところだ。

国・地方・民間で支える体制に

さらに民間でも最近では、例えばAIG損害保険のように、任意の労災の上乗せ保険(業務災害総合保険)にがんの通院・治療に利用できる特約がつけるところも出てきている。国・地方・民間を問わず、「働きながら治療する」社員への支援体制が整えられてきた。

高齢化社会が進むなか、いまや二人に一人ががんに罹患する時代。だからといって仕事を辞めて治療に専念するというのはもはや過去の遺物だ。シニア世代になっても生き生きと自分らしく働き続けるためにも、「病気は働きながら治療する」ことがスタンダードになる時代になりつつある。

源田 裕久 社会保険労務士/産業心理カウンセラー
足利商工会議所にて労働保険事務組合の担当者として労務関連業務全般に従事。延べ500社以上の中小企業の経営相談に対応してきた。2012年に社会保険労務士試験に合格・開業。これまで地域内外の中小企業約60社に対し、働きやすい職場環境づくりや労務対策、賢く利用すべき助成金活用のアドバイスなどを行っている。著書に『中小企業の「就業規則」はじめに読む本』(すばる舎)


この記事は、AIGとアゴラ編集部によるコラボ企画『転ばぬ先のチエ』の編集記事です。 国内外の経済・金融問題をとりあげながら、個人の日常生活からビジネスシーンにおける「リスク」を考える上で、有益な情報や視点を提供すべく、中立的な立場で専門家の発信を行います。編集責任はアゴラ編集部が担い、必要に応じてAIGから専門的知見や情報提供を受けて制作しています。

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