「香港基本法」全人代で晒された北京の横紙破り

高橋 克己

全人代に登壇する習近平首席、李克強首相ら(CCTVより)

中国の李克強首相は22日、自ら蒔いた種で2ヵ月遅れた全国人民代表大会(全人代)で、軍事費の6.6%増を言いながら20年度のGDP成長目標を設定しないことや、香港や台湾の北京への反抗行動を断固拒否する趣旨などを述べた。

22日午前4時11分出稿の「環球時報」(人民日報系英語紙)は、この全人代に提出される予定の香港の国家安全法の必要性について、弁解がましい論調でくどくどしく述べているので、本稿ではその記事を基に北京の欺瞞ぶりを見てゆくことにする。

本論に入る前に、これまで北京が踏みにじってきた「香港基本法」の主要な条文を頭に入れておこう(太字は筆者)。

序言  香港の主権回復にあたっては、中華人民共和国憲法第31条の規定、また「一つの国家、二つの制度」の方針に基づき、香港では社会主義の制度と政策を実施しないことを国家は決定した。

第一条 香港特別行政区は中華人民共和国の不可分の領土である。

第二条 全国人民代表大会は基本法に基づき、香港特別行政区で高度の自治を実施し、行政管理権、立法権、独立した司法権および終審権を享有する権限を香港特別行政区に授与する。

第四条 香港特別行政区は法に依って香港特別行政区の住民とその他の人の権利と自由を保障する。

第五条 香港特別行政区では、社会主義制度と政策を実施せず、現行の資本主義制度と生活方式を50年間維持する。

第二十三条 香港特別行政区は国に対する謀反、国家を分裂させる行為、反乱を扇動する行為、中央人民政府の転覆、国家機密窃取のいかなる行為も禁止し、外国の政治組織・団体が香港特別行政区内で政治活動を行うことを禁止し、香港特別行政区の政治組織・団体が外国の政治組織・団体と関係を持つことを禁止する法律を自ら制定しなければならない。

環球時報によれば、この全人代では、国家の安全保障を守るための香港特別行政区における司法制度の確立と改善、そして法律の施行に関する草案をレビューする。その草案は、香港基本法第23条とは異なり、中国憲法と基本法によって権限を与えられる

草案は香港の法的欠陥を解決し、内外の勢力がこの地域を道具として使ったり、安全保障を脅かす状況を生み出したりするのを防ぐことを目的とする。基本法第23条で香港は国家安全保障を保護する法制度の改善ができるが、返還から23年経っても実現していない。

内外の反対勢力が国家安全保障の抜け穴を操作し、香港に何をしたかを見てみると、2019年の香港は混乱に包まれた未開発の国(undeveloped country engulfed in turmoil)の都市のようだった。市内の混乱のため香港の国際ランキングは急落した。

香港にとって国家安全法草案は、「一国二制度」の原則のために必要だ。香港の反対勢力と西側メディアは草案がそれを破壊するだろうと言うが、草案は外部勢力が香港に干渉するのを防ぐことを目的としたものだ。それは香港の過激派を阻止し、「一国二制度」が円滑に機能する環境を再確立する。

過激な香港の反対勢力と米国は、中国中央政府と「一国二制度」政策に敵対する価値体制を作ろうとしている。彼らは、彼らにとって香港の民主主義と自由が何を意味するかを再定義しようとし、ここ数か月、香港の世論を歪めている。善悪の概念が余りにも偏り、暴力が「正義」と呼ばれている。

香港の安全保障は中国の安全保障に不可欠だ。外部勢力が香港に干渉し、中国を攻撃するために香港を利用するのを防ぐため、香港の安全保障の抜け穴は塞がれるべきだ。香港情勢が中米の外交問題なるべきでない。香港の次の段階は、国際金融ハブとしての地位を取り戻すために必要な平和と活性化だ。

この草案で香港の地位が強化され、独自の政治システムを維持し易くなり、国際状況による乗っ取りを防ぐことができる。一部の野心的な香港の政治家が香港の雰囲気を害することを困難に出来る。香港の資本主義は未開発の社会よりはむしろ先進社会(developed societies rather than underdeveloped ones)と共通の特徴を示し始めるだろう。

中国本土の人々は、香港がその政治体制と独自の社会スタイルを維持することを支持している。中国本土が持つものを香港が用いる必要はない。香港の国家安全法が香港の最善の利益に貢献し、「東洋の真珠」のより良い未来を提供することが予見できる。

以上、ほぼ全訳になってしまったが、ニュアンスは伝わるだろう。そこにあるのは北京にとって必要なことだけで、香港への配慮は露ほどもない。香港のためといいながら、すべてが北京のためだ。未開発(undeveloped)という語を無神経に使うのも、中国のundevelopedぶりを物語る。

昨年8月の香港デモ(doctorho/flickr)

一方、香港では香港紙South China Morning Post(SCMP)が開催前日の21日午後2時、本土の情報筋からの話を基に、この国家安全法草案について報じ、警戒を強めている。

その情報筋によれば、北京当局は、香港の政治情勢を鑑みると香港立法議会による第23条に基づく国家安全法の可決は不可能で、全人代がこの責任を負わねばならない、もはや香港において国旗を冒涜したり、国章を改竄したりするような行為を許すことはできない、と考えているという。

香港基本法第23条は、香港政府に「反逆、離脱、鎮静、転覆」の行為を禁止する独自の国家安全法制定を要求している。だが、2003年に50万の香港人が彼らの権利と自由を抑制すると警告し、路上を占拠して反対したため棚上げになり、以来香港政府は同法導入を避けてきた。

しかし2019年6月の逃亡犯引渡法改正案の取り下げによって、香港の抗議活動がより広範な反政府運動へと変容したことを契機に、北京当局は、外国の手がテロと同種の暴力行為に関与しているとして、同法成立への圧力を高めている。

情報筋はまた、中国人民政治諮問会議の汪洋議長が21日、キャリー・ラム香港行政長官に対し、政治的責任の意識を強化して「一国二制度」政策を堅持するよう求めたが、「香港は香港人が統治する」原則と香港の「高度な自治」については言及しなかった、と述べた。

国家安全法の草案は21日の夜に代表団に示され、22日午後に全人代に動議として提出される予定で、全人代はセッションの終わり、おそらく5月28日に決議投票にかけられる予定とされる。その後、草案は全人代の常任委員会に送られ、法律の詳細が示される。

常設委員会は4月下旬に開催されたが、2ヵ月毎の開催なので、早ければ6月の開催が予想され、ここで立法が進められる。情報筋は「全人代の決定によって常設委員会が香港の新しい法律を起草するよう委任され、香港の基本法の付属書に含まれることになる」と述べた。

Photo AC

この新法の公布には香港の法律を必要としないとされる。とすれば、香港が英国から中国に返還されて23年、ついに基本法第23条に基づく国家安全法が施行される。それは香港が「高度の自治を実施」するという、北京が50年間守ると約束した英国との合意と目下の香港の民意を踏みにじるものだ。.

香港は9月に立法議員選挙が控えている。野党は、昨年11月の地方議会選挙での成功に支えられ、政府が提出する全法案を阻止するべく過半数の獲得を目指している。コロナ禍が収まりつつある中、激しい抗議活動が行われよう。そしてこの法案がその苛烈な弾圧の根拠となるだろう。

昨年11月、トランプは香港の高度な自治を保障した「一国二制度」が機能しているかどうか検証する年次報告書の作成を国務省に義務づける「香港人権・民主主義法案」を成立させた。結果次第では香港が受けている関税などの優遇措置を見直すとされる。

香港市場では、同法案の全人代提出を受け香港ドルや株価が下落した。果たして、北京の思惑通り香港に「国際金融ハブとしての地位を取り戻すために必要な平和と活性化」が訪れるだろうか。