黒川麻雀事件の内情と検察組織総点検の必要性

2020年05月25日 16:01

黒川検事長の賭け麻雀が発覚したのは、検察庁内部の権力闘争によるちくりだとか、黒川を厄介払いしたい政権側が仕掛けたのでないかとか憶測が飛んでいるが、そんな深い話でもあるまい。

産経新聞の2人と朝日新聞の1人のうち誰かが口が軽くて黒川検事長と麻雀をするような間柄であることとか、この日、そういう予定であることを漏らしてしまい、それが、週刊文春の記者に直接か間接に伝わっただけだろう。

それにしても、週刊文春が記事の中でネタ元が産経社内だと言及しているのは異例であって、文春側がある程度は事情を明らかにしないと、今後の取材に影響するのではないか。

こうした場合に誰が悪いかと言えば、マスコミでなく検事だろう。新聞記者としても上等な取材方法とはいえないが、検察幹部のような要人がそういう形の取材を受け入れてくれるとなれば誘惑には勝てないともいえる。

ここで議論するべきなのは、コロナで自粛下で集まったとかいうことでないし、少額の金銭をかけたとか言うことでなく、検察官がマスコミ関係者とこういう形で会っていたということではないのか。

そのことは、検察官が捜査情報などについてリークを行い、捜査対象の人権をアンフェアに侵害する温床なのである。

だとすれば、問題は、こうした検察官とマスコミ関係者との会合が一般的に許されているかどうか、また、どの程度、行われているかということのはずだ。黒川氏がきわめて特異であるというなら、検察内部でも噂くらいはあっただろうから、注意すべきだ。前川喜平氏が歌舞伎町の出会い系クラブに通っていたほどかどうかは知らぬが、不適切だ。

しかし、もし、黒川氏に限らずこのようなことが行われていたとすれば、大問題であろう。検察庁は第三者委員会でもつくって、すべての検察官にアンケートでもして、賭け麻雀はやったことがあるかとか、マスコミ関係者と私的に遊興や飲食をしたことがあるかとか、リークをしたことはないかとか調査すべきだ。

そのうえで、虚偽の報告をしたのがあとで判明したら、処分の理由になるか微妙なそういう行為でなく、虚偽の報告に対して厳重な処罰をするというということが適当だろう。

今回の一連の事件であたかも検察が正義の味方のように扱われ、憲法上も法律上も認められていないような、絶対的な独立性を維持すべきだと言わんばかりのマスコミ論調があるがそれはおかしいだろう。

カルロス・ゴーン事件のときも論じたが、国際的な常識に反する取り調べ、自白偏重主義、推定無罪からはずれる扱い、長期拘留、高すぎる有罪率などぜひとも改善しなければならないことばかりだ。

ただし、それは検察官の活躍の場を減らすと言うことにはならない。むしろ、これまでより、広汎な起訴が行われてもいいと思うのである。ただ、諸外国と同じように、逮捕や起訴されただけで、それが刑罰と同様な意味をもったり、政治家、官僚、ビジネスマン、芸能人などとしての職業を失うようになるのはおかしいということなのである。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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