小泉進次郎氏に知事をやらしても全く無意味

2020年06月03日 11:30

政府インターネットテレビより

小泉進次郎氏は知事の経験を積み、出直せ』という中村仁先生の論考が昨日、アゴラに載っておりたいへん興味深く拝見した。新型コロナウイルスと地方の首長さんの話題については、私もたびたびアゴラでも論じてきた。

それをもとに、月刊『正論』の7月号(6月1日発売)にも、『パフォーマンス首長は要らない』という記事を書いており、表紙でもいい扱いをしていただいた。各地の首長さんなどからも好評である。また、6月17日に発売予定の『日本人がコロナ戦争の勝者となる条件 』(ワニブックス)では、正論の記事を補強して締めくくりの章としている。

筆者近刊と最新寄稿掲載の「正論

ところで、中村先生は論考中でこんなことを仰っている。

政治学者の御厨貴氏は「知事たちが、これほど中央に影響力を持った時代は現代政治史上なかった」とまで、言い切っています。知事たちの存在感が増し「永田町(国政)をリードする前例のない時代に入った」との声を聞きます。

ところが実態はまったく違うのであって、そういうパフォーマンス知事は状況を混乱させただけとまではいわないが、今回の日本全体の対策の“コスパ”を著しく下げたと言うべきなのである。

本当に頑張ったのは、それほどマスメディアで話題にならない地味な動きの首長さんであって、彼らの縁の下の力持ち的な努力、そして、限られた予算を上手に使って長期的な視野に基づいた施策を展開している姿こそが、『奇妙な勝利』とかいわれる、華々しくはないが、実質的な結果をしっかりたたき出した安倍内閣の仕事をささえたのである。

東京都YouTubeより:編集部

小池知事についていえば、『小池都知事と仁坂和歌山県知事のコロナ通信簿』でも書いたように、緊急事態宣言に国民が協力せざるを得ないような雰囲気を醸成するジャンヌダルクとして存在価値はあったが、その一方、つまらん無駄遣いが目立った。

将来の災害対策のために貯めてある豊富な独自財源を大盤振る舞いして余り賢くない『休業対策』に使ったもので、それと同条件の支出ができない地方の首長サンたちに取っては大迷惑なことになった。金が出せないから業者からの協力を引き出すのが難しくなったし、国全体としても風俗産業やパチンコ屋にバラマキを強いられるという馬鹿げた話になってしまったのである。

それと比べて、御厨氏からいきなり「×」を付けられた知事さんたちのほうがよほどいい仕事をしているし、10万円の特別給付など、どれだけスピーディーに交付できるかで、首長の力量には大きな差が見られたのである。

それでは、中村先生の仰るように、コロナのこととは別に、小泉進次郎が将来、宰相候補として大成するために知事はそんなに良い経験の場になるのか考えてみたい。

知事はものすごく簡単な仕事だ

中村先生はアメリカの州知事の経験と日本の知事のそれとを一緒にしておられるが、連邦国家であるアメリカの州知事と中央集権の枠組みのなかの「分権」でしかない日本の都道府県とは全く似てないのである。アメリカではコロナ対策に限らないが、治安であろうが防災であろうが経済振興も第一義的には州の権限であるが日本では枠組みは国がつくるなかでの現場の工夫しか期待されていないのである。

中村先生は、こんなことも仰っている。

知事たちのコロナ危機の現状認識、感染防止策が適正であったかは、今後、検証する必要があるにせよ、票田の住民感情に敏感に反応して動かないと、知事の座を守れないという意識が強い。

ところが、現職知事が再出馬した場合の当選率は平均約90%である。こんなものは、よほど極端なへまをしない限り安泰だということであり、「敏感に反応して動かないと、知事の座を守れない」なんて冗談ではない。しかも、首相や大臣の仕事はなかなか誰でもできるものではなく、分不相応に大臣にでもなればひどい目にあう。

しかし、知事のほうは落下傘でどこかから来ようが、さらに極論を言えば、芸能人が突然になろうが、政治を少し知っている主婦みたいな人であろうが、副知事などに任せておけばそう易々と破綻しない仕事だ。

もちろん、実質的に頑張ればそれだけのことはあるのだが、知事はパフォーマンスだけしておれば、それでも勤まるし、逆に実務が分からないままのほうが部下からすればなまじうるさいよりありがたいくらいかもしれない。

だから、小泉進次郎がどこかの知事になれば、むしろ楽ちんでスターダムに乗れるのであって、そんな楽をさせたら絶対に彼は大成しない。

彼がすべきなのは、厳しい国際交渉の矢面に立つことであり、難しい法律論などを国会質問で追及されることであり、小舅がいっぱいいる魑魅魍魎の世界で汗をかくことである。

昨年のCOP25に出席した小泉氏(外務省気候変動課の公式ツイッター)

「首相への忖度に明け暮れ、首相の指示を待っている国会議員とは、選挙民に対する感度や感性が違う」などと中村氏は仰っているが、小池氏や吉村氏の仕事と、たちまち、西村康稔や加藤勝信の仕事とどちらが難しいか分かりきったことだ。

彼らの仕事が満点とは思わないが、少なくとも、小泉氏にも小池氏にも吉村氏にも担当閣僚が務まるとは到底思えないのである。特に、西村大臣については、それなりに評価もあがってきているわけで、「首相候補」などと日刊ゲンダイのようなアンチ与党のメディアにすら言われるようになっているくらいだ。

小池氏は別として、吉村氏については、私もなかなかよくやってると思う。しかし、日本の場合は、なぜかよくわからないが、政府側から知事の言動について非難すると「横暴」といわれるので無事で済んでいるが、甘えたおかしな発言もある。それに、東京ほどではないが、豊かな大阪ならではということもある。

北海道の鈴木知事は日本で最初に北海道がまずいことにしてしまい、さらに、「ミニ第2波」をまた起こした地域の知事のどこが誉められるべきなのかさっぱり分からない。ジョンソン英首相やクオモNY州知事でも文在寅大統領でもそうだが、最初に大失敗してそのあとささやかな盛り返しに少し成功したら「英雄」などと称賛する声があるのは、笑うしかない。

不器用ではあるが、落ち着いた対処でいちども大事にしなかった安倍政権が批判されて、浮いたり沈んだりしてる愚かな政治家が誉められるというのは全く理不尽だと思う。

もちろん、私が安倍政権の仕事に満足しているわけではない。もっと、「禍転じて福と成す」「千載一遇のチャンスを生かせ」という気持ちを持ってもらいたいし、それは今度刊行する本のメインテーマでもある。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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