きこえない私が痛感した自立をさまたげる社会の大きな壁 --- 伊藤 芳浩

伊藤 芳浩

電話で本人の声じゃないとダメという不条理なルールはやめて欲しい

生まれつき耳がきこえない私は、自分で電話をかけることができません。例えば、次のような「手続き」や「相談」をすぐしたい時に、電話をかける必要があるが、それができません。

・クレジットカードを解約したい。
・ポイントカードを再発行して欲しい。
・申し込んだセミナーをキャンセルしたい。
・宅急便の再配達を本日中にして欲しい。
・熱が出たので、コロナ感染の疑いがあるが、どうすれば良いか教えて欲しい。

こういった例は氷山の一角で、実際にはさまざまなケースで急に電話をかける必要が生じることがたくさんある。上記のように生活をする上で必要なプロセスを電話で迅速に済ませることは、皆さんも毎日のように経験していることでしょう。

想像してみてください。こういったことが電話でできないと、どんなに不便なことか。

友達や家族に代わりに電話をお願いすることもありますが、心の中でモヤモヤする気持ちが残ります。自分で好きな時に電話ができたらどんなにいいだろうと何度思ったことか。

電話が自分でできないということは、コミュニケーションの面で「社会的に自立している」とは言えないことが、どうしても心のどこかで引っかかっていました。

リアルタイムでのコミュニケーションは電話が便利

さて、代替手段のFAXやメールがあるから、電話がなくてもよいのではと思う方も多くいるでしょう。しかし、リアルタイムでやりとりする必要があることから電話しか手段がないことも多く、代替手段が使えないことがほとんどです。

3日前であればメールなどでも連絡は受け付けているが、当日のキャンセルの場合は、電話のみとか、そういうところがほとんどです。

きこえない私は、こういった時に電話が使えないと非常に不便な思いをします。きこえる人には当たり前にできることができない、そういうことで、悔しい思いを何度したことか。
「手続き」の他にも「緊急連絡」があります。例えば、次のようなもの。

・家族が急病になったため、救急車を呼びたい。
・火災が発生したので、消防署に連絡したい。
・交通事故に巻き込まれたので、警察に連絡したい。

このような命に関わる緊急事態の時に、電話ができないと、命を落としかねないこともあります。一部、スマートフォンアプリなどで通報する仕組みがあるのですが、地域によっては未対応だったり、事前登録が必要なこともあって普及しなかったりなど、課題が多くあります。

きこえる人ときこえない人をつなぐ電話リレーサービス

きこえない私たちの願いによって、2013年度から、日本財団により、きこえない人でも電話ができるようにする「電話リレーサービス」が試行開始されました。

全日本ろうあ連盟ホームページより

「電話リレーサービス」とは、きこえない人ときこえる人を、オペレーターが “手話や文字” と “音声” を通訳することにより、電話で即時双方向につなぐサービスです。実は、このサービスは、世界中では26ヵ国以上で既に始まっていて、G7参加国では日本だけが遅れていたのです。

試行開始になってから、多くのきこえない人が使いはじめて、ようやくきこえる人と対等になりつつあります。また、多くの聴覚障害者団体などの働きかけによって、2020年6月に電話リレーサービス法案(通称)が国会で成立し、2021年度から、国のサービスとして正式にはじまる見通しとなりました。

電話の先にある社会の大きな壁

「電話リレーサービス」によって、電話がすべての人に当たり前に使えるための「土管」が備えられました。しかし、架電先の方はどうなのでしょうか。

実は、ここに大きな壁が存在するのです。例えば、金融機関においては、金融庁が2019年に実施した調査結果では、全金融機関(1304機関)のうち、「聴覚障がい者からの連絡について、電話リレーサービスを用いた連絡でも対応しているか。」では、たったの3.4%(44機関)しか対応していないとのことです。
せっかく電話リレーサービスがはじまっても、ルールが対応していないなどの理由により、受け付けられないという課題が残っているのです。不動産会社、通販会社などでも同様の問題が発生しています。

また、特定非営利活動法人インフォメーションギャップバスターが日本財団の電話リレーサービス利用者126名に2020年4月に調査した結果、約4割の方が、「電話リレーサービス」を利用した際、架電先への説明などのために、待たされた経験がありました。多くの場合は3〜10分、最悪のケースでは、30分以上待たされたケースもあることが判明しました。架電先の電話リレーサービスの理解がないと、きこえる人と同じようにスムーズに用件を済ませることができません。

これでは、本当の意味で「電話をきこえる人と同じように使える」ことができません。この課題は何とか解決して欲しいものと心から願っています。

音声中心社会の見えない壁

また、「電話リレーサービス」では、多くの架電先でオペレーターの声は本人の声として扱われないために、「手続き」を受け付けないというケースが多くあります。例えば、以下のように。

「本人の声じゃないとダメです。」
「どなたか家族か代わりに電話ができる方はいませんか。」
「銀行の窓口に直接きてください。」

本人の声でないとなりすましが心配という方もいるかもしれませんが、それは、きこえる人がなりすますことも有り得るので、このようなルールはとても変に思います。

また、本人以外の人と話すことを要求することは、非常に失礼なことかと思います。これは自立しようとしている機会を奪うことになりかねません。私自身もこのお決まりの言葉で、何度悔しい思いをしたことでしょう。

きこえる人は数分で終わるのに、「本人じゃないとダメ」とか「家族の人に変わって」とか「銀行の窓口に直接きてください」とかで押し問答したり、更に直接出向いて手続きをしたりで、何倍以上もの時間を要するのは、とても不条理に思います。

私の一番の願いは、電話で「手続き」や「相談」をする場合、「電話リレーサービス」を経由しても、本人から直接かけたものとみなして欲しいということです。それによって、きこえなくても、自分で電話をかけて、様々な「手続き」や「相談」をきこえる人と同じようにできるからです。

「音声」に固執する仕組みやルールは、きこえない人を拒否し、除外することにつながります。ニューノーマルとしてこういった拒否・除外をなくし、「電話リレーサービス」を含む多様なアクセスを受け入れる社会になって欲しいと、心から願っています。

伊藤 芳浩(いとう  よしひろ) NPOインフォメーションギャップバスター理事長
1970年岐阜県生まれ。先天性ろう者。名古屋大学理学部卒業。現在、日立製作所にて、デジタルマーケティングなどを担当。勤務の傍ら、NPO法人インフォメーションギャップバスターの代表として活動中。