習近平訪日と天皇訪中をめぐる緊迫の駆け引き

2020年06月06日 16:01

習主席国賓来日、年内見送り 事実上の白紙」(産経新聞)

日中両政府が、新型コロナウイルスの感染拡大の影響で延期した中国の習近平国家主席の国賓としての来日について、年内の実施を見送ることが5日、分かった。習氏の来日は来年以降も無期延期状態が継続するとみられ、事実上、白紙となる公算が大きい。中国のコロナ対応や香港問題などへの強硬姿勢をめぐっては、米国をはじめ世界各国で批判が高まっており、政府高官は「習氏は来日できないし、来ないだろう」との見通しを明らかにした。

この問題については、私は年内は難しいだろうが、できるだけ早く、できれば安倍首相のいるあいだに国賓訪問は実現するべきだという意見である。そのことは、近刊の『日本人がコロナ戦争の勝者となる条件 』(ワニブックス)でも縷々書いたが、その趣旨を少し手をいれて紹介しておきたい。習近平国賓訪日反対論には皇室への配慮が欠けていると思うのである。

習近平(Wikipedia)

習近平主席の訪日については、これまで長い間、慎重に準備してきた大きな外交イベントである。これを中止するとしたら、中国側から「少し延期したい」と言ってもらうのを、少なくとも表向きは待つほうがいいに決まっている。

「新型コロナ対策で大変でしょうから来日をやめたらどうですか?」と日本側から持ち掛ける必要はまったくなかったし、それはいかに何でも失礼である。とても品格のある議論とはいえない。

「中国に配慮しすぎだ」などと声を荒げて安倍政権を批判している人たちは、もともと習主席の訪日に反対していた人たちである。

保守系の人は1992年に当時の陛下が訪中されたことも、これも良くなかったというわけである。しかし、先の戦争のこともあり、中国人の皇室に対する気持ちには微妙なものがある。

一方で、遣唐使など長い友好関係の歴史もよく知られているし、皇帝がいなくなった中国人にとって皇室は憧れの的でもある。イギリス王室がフランスやアメリカで人気があるのと同じで、日本外交にとって切り札でもある。。

そうしたなかで、1992年の天皇訪中の成功で中国における皇室のイメージはよくなりアジアの平和にとってとてもいいことであった(その後に江沢民が米国に接近して反日路線を採るのを阻止できなかったのはまた別の問題である。これは何より日本がバブル崩壊など経済的大混乱に陥って中国経済が躍進して立場が逆転したことが大きかった)。

天皇陛下(Wikipedia)

2019年に即位された天皇陛下が、ここ何年かのうちに訪中され、それを成功させることはとても大事なことなのである。

その時に、中国側から面倒な要求をされることなく友好的に迎えさせるためにも、習氏の訪日を成功裏に行うことはとても大事なことだと私は思う。保守系の人が習近平訪日を歓迎したくない気持ちは分かるが、日本の首相が中国で歓迎されるとか、さらには、日本の皇室が中国で良く思われることの重要性も考えるべきだというのが、私の意見である。

天皇を「日王」と呼んだり、「土下座させてやる」などと言ったり、韓国がしばしばむき出しにする皇室に対する敵意が、いかに日韓の関係に有害かを考えれば、中国がそういうことをしてこなかったことは評価すべきだろう。

これは、たとえば、政治家であれ陛下であったとしても個人的な感情として日中友好を大事にしたいとか、平和に貢献しているとかようなことだけで、中国に甘く誤解されるようなことをしてはいけないが、国賓訪問のやりとりで、両国関係、また、皇室と中国の関係の基盤を強化することの重要性は小さくない。そのときどきの政権が気に入らないとかいうことはあまり気にしない方がいいと思う。

実際、保守系の方でも皇室のことをいうと納得していただくことが多いのである。

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八幡 和郎
評論家、歴史作家、徳島文理大学教授

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