持続化給付金問題② 公共契約において重要なのは手続的公正さ

2020年06月12日 14:01

編集部撮影

経済産業省発注の持続化給付金業務委託に係る入札と契約のあり方が批判されている。日々いろいろな情報が出てくるので、落ち着いたころにまとめて、とも思うこともあるのだが、タイムリーな論評も必要だろうから、このテーマについての「第二弾」を書くこととした。受注者はある社団法人であり、日本を代表する広告代理店に業務の大半が再委託されている。

①「競争入札だから問題ない」は通用しない

安倍首相が国会の答弁で「一般競争入札のプロセスを経た(から問題ない)」旨の発言をしたとのことだが、それはミスリーディングである。問題は、この一般競争入札のプロセスが公正だったか否かであり、一般競争入札だから公正なのではない。正しくは「公正なルールに基づく一般競争入札を公正なプロセスで実施した(から問題ない)」だ。

また、「事業目的に照らし、ルールに則ったプロセスを経て決定された」ともいったそうだが、正しくは「ルールの趣旨を踏まえ公正に設定された手法に基づき、公正なプロセスを経て決定された」だ。

また、経済産業大臣が、第2次補正予算案に計上したとされる追加の事務委託費850億円について、「入札可能性調査を行い、公募を経て適切に対応していく」と述べたとのことだが、これが確認公募型随意契約を指しているのなら、むしろ新規参入を見込んでいないと考えるのが公共契約分野における共通了解だ。この場合発注機関は特命随意契約をベースに考え、競争入札や企画競争を実施しても一者応札、一者応募になるだろうことを予想しているのが一般だ。

それでも少しでも競争性確保の可能性を模索しての手続なのである。多少の手間はかかるが随意契約に対する批判をかわす手法として、最近よく用いられるようになった。継続中の業務委託などは建設中の工事のようなもので、そこに追加工事を発注する場合に新規業者を期待することはまずできないし、いたとしても既存の事業者が圧倒的に有利である。そもそも建設中の工事に追加工事を発注するときは「契約変更」になるはずだ。

随意契約の場合、最も重要なのは「透明性」である。特命随意契約の場合、競争の要素がないので、徹底的な説明責任を尽くすことでしか正当化を図る方法がない。一方、競争入札の場合、競争の結果が望ましい結果だという正当化ができる。但し、そこには決定的に重要な条件がある。それは設定された競争のルールが公正であり、その運用が公正になされているという前提事実である。

この入札は4月8日に公告されたとのことだが、3月末から4月初頭にかけて、後に応札者となる事業者にヒアリングをしていたと報じられている。ヒアリング対象者は3者で応札者はそのうちの2者である(両者ともに応札依頼をしたとのこと)。この数の少なさには、応募締め切りが公告から僅か5日後だったという「超が付くほど」の短期だったことが大きな影響を与えていることはほぼ疑いない。それも手間暇のかかる総合評価方式だという。事前のヒアリングを受けていない事業者が、準備に困難を来すことになっただろうことは想像に難くない。

ある経済産業省の最高幹部の一人から「複数の事業者に同様の情報を提供」したので「問題はない」との発言があったとのことだが、一般競争入札なのだからそこは「潜在的な事業者すべてに対して」でなければならない。競争入札は入札参加資格を有する事業者に「開かれている」ことが重要なのであって、競争という形式があれば足りるという訳ではないし、部分的に競争があるからそれで足りるという訳でもない。公告日に初めて仕様書等を目にした潜在的応札者との比較で、事前のヒアリングの存在がどれだけ受注者を有利にしたか、が問われているのである。

複数の事業者に同様の情報を提供したので問題ないという認識を示したということは、競争の結果に影響を与える何かが示されたということなのだろうか。その情報とは何なのだろうか。そしてその情報を聞くことができなかった潜在的な競争者との間にどのような格差を生み出すことになったのだろうか。知りたいことはたくさんある。

もちろん、やりとりされた情報次第では「問題にならない」シナリオもあり得ることは指摘しておかなければならない。

② 再委託について

再委託が許されるのは受注者が「司令塔」としての役割を有し、再委託先のマネージメントをするという前提であり、本件はどうも、再委託先が司令塔になっているように見える。こういう形態の再委託は「下請け」ならぬ「上請け」といわれ、公共契約において禁止される「丸投げ」の一種として理解されることが多い。

ただ、本件は100%「丸投げ」ではない。受注者である社団法人は業務委託の大半を再委託先である広告代理店に投げている(そこからまた再委託関係が続く)が、振込業務のような一部業務は当該社団法人が行っているという。故に本来は下請的な立場にある事業者なのではないか、という疑念が再委託に係る本件のポイントとなっている。この社団法人が巨大な再委託先の業務を含む全体の工程管理を行っているのか、あるいは再委託先が実質的にこの社団法人のマネージメントをしているのか、十分な説明が求められる。

報道によると、政府はこの再委託について「共同事業体(JV)」のようなものとして説明しているそうだ。ただそうならば、受注業者、再委託先のような関係を作るのは不自然で、共同事業体として受注すればよく、その業務分担をそのまま企画書、提案書に記載すればよいとうことになる(単独でもJVでも応札を認める混合方式をとることが前提になるが)。

仮にその実体が共同事業体であり、上記社団法人が一部業務を担うに過ぎないというのであれば、この社団法人が今年度における800億円近い官公需の受注実績を有することになるのは形式と実態の乖離となってしまうのではないか。やはり「JVみたいなもの」ではなく、「受注者として司令塔の性格を持っている」という説明が必要なのではないか。

企画書、提案書には再委託先との関係がどのように書かれていたのであろうか。まさか再委託先が司令塔であり、そこに「上請け」に出すと書く訳はなく、受注者が全工程、全業務を自ら把握し、適切なマネージメントを行うとされているはずだ。本当にそのような実態があるのなら再委託批判は的外れとなる。

再委託云々の批判については、ルールで禁止されていない以上、それが「合理的かどうか」だけの問題だ。それが複層的な再委託だったとしても同様だ。分離発注が困難な大規模業務委託の場合、受注者単独で、あるいは再委託業者単独で行えというのは無理なケースもある。実質があるのなら問題視されるべきではない。

それだけに競争入札が機能しているかどうかが重要なのである。その結果が公正である以上、利益が抜かれてもそれは市場の論理として受け入れなければならない。それが競争入札というものである。その場合、事業者を責めるべきではない。

最後に一言。この代理店はただの代理店ではない。日本最大の「何でも屋」といっても過言ではない。その情報量とネットワークは他の追随を許さず、人を集め、作業させることについては圧倒的な実績と力量がある(「再委託能力」といってもよいかもしれない)。各省庁が各種イベント、各種業務委託でこの事業者を頼りにするのには、十分な理由がある。

発注機関が最初からそこに依存する傾向はなかったか。民間ならば当然の連携であっても、公共の場合、同じ理屈が通用する訳ではない。上記社団法人を挟む、挟まないは別にして、超短期の公告期間で総合評価を選択するのではなく、(ヒアリングを通じた)特命随意契約に踏み切ってすべてをオープンにするという選択肢はなかったのだろうか。

そのような発想はあまりにも「発注機関寄り」と思われるだろうか。「競争性の確保」が大原則である公共契約の、悩ましいところである。

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楠 茂樹
上智大学法学部国際関係法学科教授

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