新型コロナウィルス対策で建設的な議論ができないのはなぜか?(上) --- 井上 孝之

2020年06月13日 06:00

私は一介のサラリーマンで、働く場所が「会社の窓際」から「自宅の窓際」に変わったぐらいの影響しか受けていませんが、新型コロナウィルスに関連した動きを見ていて、「なぜ建設的な議論ができないのか、なぜ合理的な着地点に向かうことができないのか」という疑問について思うところを記したいと思います。

写真AC:編集部

バーターで議論することができない

新型コロナウィルスの問題が表面化して以来、多くの識者が「新型コロナの封じ込め」と「経済活動の維持」のバランスをいかに図るかがポイントであると指摘しているのですが、なぜか両者のバランスを取るための議論は行われません。あくまでも、全力で「新型コロナの封じ込め」をやったうえで、経済活動の補填も行うというスタンスで議論されます。

緊急事態宣言(行動制限)の解除を早めると、再発のリスクが高まる。再発の確率とその問題の大きさと、経済活動を制限したときの問題の大きさを比較して対策を講じる必要があるのですが、テレビ・新聞・政治家はそのような論点で議論をしようとしません。

私は最初、「日本人は2つのことをバーターで議論することが苦手だから」が理由だと思っていましたが、ワイドショーのいい加減な報道を見て、「世論を形成するテレビ・新聞・政治家の主なマーケットはいわゆる『コロナ脳』や『情報弱者』で、このような人々はは二つのことを同時に考えられない」からではないかと考えるようになりましたが、いかがでしょうか?

バーターで考えなければならないのは、「給付金支給の迅速性」と「政府にどこまでの個人情報を持たせるのか」や、「国民の行動制限をどこまで徹底するのか」と「政府にどこまで強い権限を与えるのか」のような問題もありますが。バーターで議論されることはありません。

為政者の判断基準を理解していない

パンデミックの特徴は短時間に感染者数が爆発的に増えることです。そして、感染者数が医療機関のキャパシティを超えるとパニックが起こります。

もしパニックが起これば為政者は責任を問われるので、為政者としては経済を殺してでも過剰に「新型コロナの封じこめ」をした方が合理的です。

ファクターXにより日本では爆発的なパンデミックは起こらないという仮説を提唱する人もいますが、その仮説が科学的に絶対的に正しいとは証明されているわけではないわけではないので、為政者がその説によって立って政策を行うことは難しいと思われます。

政治家に過剰に「新型コロナの封じこめ」をやめさせるには、民衆の側から「経済とのバランスをとってほしい」、「第二波が起こっても責任を問わない」、「医療崩壊が起こってもパニックを起こさない」というようなメッセージを発する必要ありますが、そのようなメッセージは民衆の側からは起こりませんでした。

負担を強いるなら老人

写真AC:編集部

今回の新型コロナ問題の特徴は「負担を強いるなら老人」ということだと思います。老人に集中的に被害が出るので、「老人だけに自宅待機してもらって、若い人の行動は自由にして経済活動は維持する」ということは新型コロナの特徴に合致した合理的な対策ですが、老人を最大のマーケットとする新聞・テレビ・政治家が老人から嫌われるような政策を選択することはありませんでした。自粛の対象者を「老人だけ」でなく「すべての人」と主張することによって、「老人から嫌われること」を回避することに成功しました。

年金をもらっている老人にとっては経済が縮小しても直接の影響は小さいので、老人は経済活動について関心は小さく、「自分の活動の自由の確保と感染リスクの最小化」が図れればいいので、自分たちにだけ集中的に行動制限がかかるのではなく、若い人にも活動制限をかけてもらって、若い人からの感染リスクを小さくした方が合理的です。

老人が経済について関心を払わないなら、新聞・テレビ・政治家もまた経済について関心を払う必要はないということになります。

新聞・テレビ・政治家は自分たちが生き残るために最大の顧客の意向を忖度して行動しているにすぎないので、批判することはできません。むしろ、若い人が選挙に行かないことによって政治家への影響力を放棄してしまっていることことそが問題です。若い人には、「政治家が過剰に老人に気を遣うのは若い人が選挙に行かないから」ということに気付いてほしいと考えています。

新聞・テレビに議論を収束させる気がない

新聞・テレビをはじめとするマスコミは「事態が混乱するほど、新聞を買う人、テレビ見る人が増えるので儲かる」という構造になっているので、事態を収束さるような方向の報道をすることはありません。

読者・視聴者が求めているのは、「アベが悪い」と「国民にゼロリスク」なので、議論を混乱させながらも、最終的には結論がそれにつながるように誘導しています。

あと、読者・視聴者は必ずしも科学的に正しい報道を求めているわけではなく、科学的に間違った報道をしても、大したペナルティがないので、感染症の専門家でない医学系の研究者の名前を出して「専門家の意見を聞いた」という体裁を整えておけば、あとは視聴率を取るために「やりたい放題」ということになっています。

(下)に続きます。


井上 孝之
仕事がテレワークになった以外、何の影響も受けていない技術系サラリーマン

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