関電金品受領問題 ー 現旧監査役を提訴しなかった関電取締役会の判断

関西電力ツイッターより

昨日夜7時に、関電から「当社現旧取締役および現旧監査役に対する提訴請求への当社の対応について」と題する文書が公表されました。

新聞報道のとおり、法人としての関電は、元経営トップであり、関西財界の重鎮でいらっしゃった方々5名を相手に19億円余の損害賠償請求訴訟を提起することを決定しました。昨年来「関電が本気で変わる気持ちがあるのであれば、株主代表訴訟を待たずして、自ら元経営陣を提訴することである」と何度もブログで意見を述べてきました。そういった意味では、関電の機構改革の第一歩を踏み出したのではないか…と、私は高く評価いたします(しかしD&O保険でどれだけカバーできるのでしょうかね?)

ただ、先日の「取締役責任調査委員会」の報告書を読んだ私としては、他の取締役の方々についても善管注意義務違反の疑義はぬぐえないように思います(たとえば、金品を受領した取締役の方々の中には、当該事実について監査役会に報告する義務があった人もいるのではないか…といった論点)。もちろん報告書の結論に従った判断といえばそのとおりですが、株主代表訴訟が提起されることも想定して、もう少し広く提訴すべきではないか、との意見もありうるところと思います。

そして、昨日のリリースには、もうひとつ興味深い論点が含まれていました。6月11日のエントリー「関電金品受領問題-関電は現旧の監査役を提訴するのだろうか?」で予想しておりましたとおり、(やっぱり?)関電の取締役会は、株主から提訴請求を受けておりました現旧の同社監査役の皆様を被告とする損害賠償請求訴訟を提起しないことに決定しました。関電の監査役の方々に「善管注意義務違反」が認められ、損害についても認定できるにもかかわらず、関電取締役会は「現旧の監査役は誰一人として提訴しない」という判断に至りました。

少しだけ法律の解説をしますと、株主から取締役や監査役への「提訴請求」を受けた会社としては、提訴すべきかどうか調査のうえ、提訴しないという決定ができます(取締役に対しては監査役・監査役会が、監査役に対しては取締役会が判断します)。そして提訴しないとの判断に至った場合には、その理由(不提訴理由)を株主に通知することになります(会社法847条4項 なお、不提訴理由通知制度の詳細は、昔の私のエントリー等をご参照ください)。しかし会社法には、どのような場合に提訴しない、という判断ができるのか、その内容については何ら示されていませんので、そこは解釈の問題となります。

上記関電のリリースによりますと、取締役会としては、たとえ特定の監査役に法的責任が認められる可能性が高いとしても、かならず責任追及の訴えを提起しなければならないわけではなく、そこには一定の裁量が認められる、とされています。これは、おそらく取締役が第三者に対して訴訟を提起しなかったことが善管注意義務違反に該当するかどうかが争われた裁判例を参考にしているものと推測されます(東京地裁判決 平成16年7月28日 判例タイムズ1228号269頁以下参照)。

当該判例によれば、訴訟不提起が善管注意義務違反に該当するためには、①勝訴の高度の蓋然性、②勝訴した場合の債権回収の確実性、③訴訟追行により回収が期待できる利益が、そのために見込まれる諸費用等を上回ること、等が必要としています。今回の監査役に対する不提訴理由についても、当該判断基準に沿ったものと理解できます。

ただ、上記裁判例は取締役が第三者を訴える場合の事例であり、取締役会が同じ会社の監査役を訴える場合にも同様のことが言えるかどうかは疑問があります。そもそも「不提訴理由通知制度」というのは、平成17年(2005年)の会社法制定時に「株主代表訴訟の提起を委縮させてしまう」との理由で、国会で修正-訴権濫用却下制度の削除-された形で導入されたので、「どのような場合に提訴しない、との判断ができるのか」という解釈も、あまり会社側に有利に解釈すべきではない、という学説も有力です。

また、監査役を提起することによる「訴訟が会社の信用に及ぼす影響」が(判断理由として)考慮されています。たしかに「金品受領問題を裁判で争う」ということが長く続けば会社のイメージダウンにつながる、という考え方もあるかもしれませんが、一方において、株主代表訴訟によるものではなく、会社自身が監査役を提訴することの「自浄能力」「自浄作用」の発揮こそ、毀損された会社の信用を回復させるための絶好の機会ではないか、とも考えられます(むしろ、私は後者の意見のほうが今回の事例では適切な判断ではないかと考えます)。

おそらく、提訴請求を行った株主の方々は、この関電の判断を前提に株主代表訴訟を提起することになると思われますが、ぜひとも取締役および監査役の責任調査が行われたわけですから、その調査の成果である資料については、原告株主にすべて開示していただき(それが会社法における提訴請求制度の趣旨ではないか)充実した株主代表訴訟及び会社請求訴訟が係属することを希望いたします。


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年6月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。