自民党提言「侮辱罪の厳罰化」は危険だ

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木村花さんの事案をきっかけにネット誹謗中傷への対応を検討してきた自民党プロジェクトチームが16日、政府に提言書を提出した。発信者情報開示の円滑化、侮辱罪の厳罰化などを求めたことが報じられている。

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提言書は自民党ウェブサイトで公開されている。発信者情報開示に関しては、表現の自由とのバランスにも配慮し、的確な方向が示されている。海外事業者への送達などさらに検討を要する点もあるが、論点も幅広く押さえられていると思う。

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だが、問題はネットだけではない。これまでに公開した論考でも指摘してきたことだが、ネット誹謗中傷の原因は、マスコミや国会議員など強い影響力を持つ者が作っているケースが少なくない。こうしたケースで、原因を作って煽った者は、法的または実質的に免責状態になってしまう問題もある。ここに踏み込まなければ、本質的な解決は見込めない。次期国会までまだ時間があるので、さらに検討してほしい。

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一方、提言の中で気になる点もある。「侮辱罪の厳罰化」だ。侮辱と批判は紙一重だからだ。

誹謗中傷に関わる犯罪としては、名誉毀損罪と侮辱罪がある。両者の違いは事実を示すかどうかだ。名誉棄損罪の場合は、公然と、事実を示し、人の名誉を毀損することで成立する。罰則は3年以下の懲役や罰金など。ただし、例えば政治家の不正を暴くなど、公共性のある場合は、真実を示したのであれば罰しない、と規定されている。つまり、正当な批判ならば罰せられない。

これに対し、侮辱罪は、事実を示すことなく、「公然と人を侮辱」するだけで成立する。有体にいえば、そこら中でなされているような行為だから、その代わり、刑罰はごく軽く「拘留又は科料」と定められている。現実に侮辱罪で摘発されるケースもほとんどない。

そんな侮辱罪を厳罰化し、積極的に捜査も行うことにしたら、何が起きるか。

例えば、時の政権を「無能」「ポンコツ」などと厳しく批判するテレビコメンテーターは、捜査対象になり懲役刑すら受けかねない。与野党の国会議員を「売国奴」「バカ」などと罵っている人たちも、刑事告訴を受ける可能性がある。

もちろん、現実に摘発するのは悪質なケースだけだろうが、これは捜査当局の胸先三寸だ。有力な国会議員が告訴すれば、忖度して捜査がなされる可能性がないとはいえない。

私自身は、ネット上で「レントシーカー」とか呼ばれて誹謗中傷を受けている立場でもある。「加害者たちを厳罰に処せたら」と思ったことが皆無とはいわない。しかし、代償として、政権や政治家を批判するたびに「摘発されないか」とビクビクするような社会にはしたくはない。

自民党提言は、政治家批判を封じ込める意図でなされたわけではないと思う。木村花さんのような不幸な事案を繰り返さないため、真摯に検討された方策の一つだと思う。しかし、検討時の意図とはかかわりなく、安易な厳罰化は、結果として将来の言論封殺につながりかねない。

この問題は、言論の自由に関わる事柄だ。政府や政治家だけに議論を委ねてはいけない。社会全体でしっかり議論しなければならない。