任意の指名・報酬委員会の実効性と取締役会の付議案件との関連性

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昨日(6月21日)の日経朝刊(総合1面)に、「任意の指名・報酬委 東証1部の5割超が設置-年1、2回半数、実効性課題」と題する記事が掲載されていました。東証1部の会社(監査役会設置会社、監査等委員会設置会社)のうち、任意の指名・報酬委員会を設置している会社は、指名委員会は52%、報酬委員会は55%に上るそうです。ただ、設置している企業の半数程度は開催頻度が年1回、2回程度ということで、本当に実効性があるのかどうか疑問も呈されている、とのこと。

上記記事において、デロイトトーマツのパートナーの方が「(指名・報酬委員会における議論は)形式的な議論にとどまっている可能性がある」と指摘しておられますが、私もかなり近い意見を持っております。

一般的には(役員人事や報酬に関する)経営執行部が作成した原案が委員会に持ち込まれ、委員である社外取締役は、当該原案の作成プロセスの説明を受け、著しく不公正な点がない限りは、これを追認する、といった運用がなされています。プロセスチェックがなされていれば、一応監督機能が果たされている、と考えるのであればこれで良いのですが、株主・投資家が指名・報酬委員会に期待している点とは合致していないと思います。「形式的な議論にとどまっている」と指摘されるのは、こういった期待ギャップに原因があります。

指名・報酬委員会において「実質的な議論」が行われるためには、次のような要点を確認しておく必要があります。たとえば「誰が次期社長にふさわしいのか」という点を判断するのであれば、①5年後、10年後に会社が向かうべき道筋が明確になっていなければ、委員である社外取締役は自信をもって選べない、ということ、②指名委員会は、業務遂行能力だけでなく、監督能力も含めて評価を行うこと。

「役員の誰にどれだけの報酬を付与することが適切なのか」という点を判断するのであれば、①役員報酬の決定方針の策定に社外取締役が関与していること、②業績連動報酬の方針が会社の事業戦略の方向性と合致していること。つまり、取締役会において、グループ会社を含めた重要な事業戦略がきちんと社外役員も含めて議論されていなければ、そもそも指名委員会も報酬委員会も実質的な議論はできない、ということです。

以前、私は「社外取締役が過半数を占めるような指名・報酬委員会で実質的な議論など無理。プロセスチェックだけ行っていれば善管注意義務を尽くしていると言えるのではないか。会社が有事に及んだ場面のみ、委員会が実質的な議論を果たせばよいのではないか。」と説明してきました。しかし、令和元年改正会社法においては(有価証券報告書提出会社に対して)社外取締役の一人以上の設置が義務付けられ、その条文の趣旨が

「わが国の資本市場が信頼される環境を整備し、上場会社等については、社外取締役による監督が保証されているというメッセージを内外に発信するため、会社法において、上場会社等には社外取締役を置くことを義務付けることとしている」-竹林俊憲ほか「令和元年改正会社法の解説(Ⅴ)」旬刊商事法務2226号7頁。

と正式に解説される現在、(社外取締役が中心メンバーとなる)任意の指名・報酬委員会の運用についても、株主・投資家の期待する役割を無視することができない状況に至ったと考えています。したがいまして、かつてはソフトロー(コーポレートガバナンス・コードや経産省実務指針)を理解したうえで、指名・報酬委員会はプロセスチェックに努めていればよかったのかもしれませんが、ハードロー(改正会社法)の趣旨を理解したうえで、構成委員としては実質的な議論をしなければならなくなった、と思い直しております。

たとえば私が報酬委員会委員長を務めたときの経験(ニッセンホールディングス社 2015年~2016年)や、令和元年改正会社法における報酬規制の改正の趣旨などを参考にして、報酬委員会で実質的な議論をしたと内外に説明するためには

①なぜ社長に報酬決定を再一任することが、当社にとっては妥当であると判断するのか

②なぜ、当社の役員報酬の決定方針をそのように定めたのか、現金報酬と株式報酬の比率はどうやって決まったのか

③なぜ当社では報酬総額をそのように定めたのか(今後、大幅な取締役の増員を予定しているのか)

④なぜそのKPIを、当社における業績連動報酬の判断に活用するのか、といったところは最低限度理解しておく必要がある、

と考えています。

とりわけ、このたびの天馬社の事例などをみておりますと、監査等委員会設置会社に任意の指名・報酬委員会が設置される場合、有事には監査等委員会と指名・報酬委員会のどちらが人事・報酬の意見形成で主導権を握るべきなのか、かなり混乱を生じることが予想されます。平時から、そのあたりの社内指針を策定しておくほうが良いのかもしれませんね。


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年6月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。