父の日を自作自演して考えたこと

2020年06月22日 14:00

父の日だった。父親となってからは3回目である。11歳のときに父を亡くし。子供を授かるのにもかなりの時間がかかり。感慨深い。


一方、家族は皆、父の日のことを忘れていた。普段から買い出しや料理は私の担当であり。最近は限りなく専業に近い兼業主夫で。夫婦で在宅勤務で。妻の方が忙しそうなので、私がすべてを担うことになっており。こうなったら、徹底的に自作自演することにした。

あまり並びたくないので、行列ができていないお店を狙いうち。「プレートに、パパありがとうと書いて頂けますか」とお願いしたのだが、「THANKS DADというプレートがついているので、そちらでどうでしょう」と言われた。食べるタイミングでは、妻子はお腹いっぱいで。ほとんど、自分ひとりで食べた。プレゼントも、ナシ。

もっともふと、考えた。父の日とはなんだろう。何に感謝するのか。うちは妻の方が今は仕事が忙しそうだし。それぞれ働いて稼いでおり。家事・育児にも取り組んでいるが、それは妻も一緒で。しかも、これは父になれた人、父がいる人前提のイベントでもあり。

誰かや何かに感謝することは大切なのだが、その根拠はなんだろう。自作自演の父の日をやってみて、ぶっちゃけ虚しかったが。○○の日の意義、普段の関係性こそ考えるべきだと思った次第だ。


編集部より:この記事は千葉商科大学准教授、常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2020年6月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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常見 陽平
千葉商科大学国際教養学部准教授

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