朝日新聞さん、“脱法ガバナンス”を辞めるチャンスですよ --- 村山 恭平

アゴラ

東京・築地の朝日新聞東京本社(Lazaro Lazo/flickr)

村山 恭平(朝日新聞創業家)

前回の記事で、朝日新聞社が公益財団法人を持ち株会社化するという「脱法ガバナンス」を行っており、今年3月、私の伯母村山美知子が死去したおり遺贈された朝日新聞社株式を法人の基本財産に組み入れることで、そのガバナンスをさらに強化しようとしていることをお話ししました。

ところが、「脱法はやめましょう」というアゴラでの私の訴えをくんでいただいたのか、監督官庁から厳しい指導があったのか、あるいは単に事務的な問題なのかはわかりませんが、この6月12日の同美術館の理事会評議員会では、美知子が遺贈しました新聞社株式の処理は先送りされることになりました。

また、この理事会・評議員会の議事から、根拠のはっきりしない香雪奨学金に関しても、故美知子社主の遺志を証明する文書はないこともはっきりしてきました(この問題は後日アゴラで記事にする予定です)。少しずつですが、香雪美術館が「脱法ガバナンス」から撤退する兆候が見えてきたように思います。

けれども、一方では良くない動きもあります。同美術館はテレビ朝日HDの大株主ですが、この6月末に開催予定の株主総会におきまして、同社の一部株主が提案している議案に、美術館として「反対する」ことを決めたようです。

対立のある議案の賛否に関して内部で議論し、それに基づき株主総会で議決権を行使するのは、まるで持ち株会社のようであり、明らかに公益法人としてふさわしくないと思うのですがいかがでしょうか。

こうした「脱法ガバナンス」の根本には、朝日新聞社のあいまいな定款があります。朝日新聞社の株主には「事業関係者」しかなれません。「事業関係者」の定義は事実上、取締役会に一任されていますから、経営者が株主の資格を審査していることになります。

普通の会社がこんなふざけた定款を作れば、会社法違反で大問題になりますが、新聞社だけは日刊新聞紙法という悪法によって、これが可能なのです。悪法も法であると言われていますから、この際、これを「脱法解消」に利用してしまいましょう。今年の株主総会は絶好のチャンスです。

今月(6月)24日の総会では、前社主村山美知子の死去にともない、社主制度を廃止する議案が審議される予定です。公益財団法人である香雪美術館が保有する株式も、元はと言えば社主が寄附したものです。これが「脱法ガバナンス」の温床になっていることを考えれば、社主制度の廃止と同時に、こうした残滓も処理してしまうべきではないでしょうか。

総会の議案として決議などしなくても、定款の規定があいまいであることを利用すればこれは十分可能です。総会で社長が、「社主制度の廃止にともない、今後、事業関係者を社員・役員および退職者に完全に限る。社員持ち株会以外の法人株主は一切認めない」と宣言すれば良いのです。なにしろ、事業関係者の定義は事実上役員会に一任されているからですから。

ちなみに、これは日本経済新聞社と同様の状態であると言えます。東京地裁の判決では、この日経新聞のルールは日刊新聞仕法上有効であるとされました。なるほどこれなら、公益財団法人を使った「脱法ガバナンス」の余地は全くなくなります。

経過措置として、事業関係者からはずされる既存株主の株式は、社員持株会や社員・役員個人に売却するようにし、価格は会社法に基づいて裁判所で決めてもらえばいいわけです。ほとんどの株主はきっと大喜びでしょう。

経営陣がその気になれば簡単にできることですが、まあやらないでしょうね。

でも、一般株主にも、今年の総会では、大きな働きをするチャンスがあります。
社主家制度の廃止(2号議案)の提案理由のひとつに「ガバナンス改革を進める時代の流れ」とあります。言うまでもなく、朝日新聞社において、速急な改革を要するガバナンス問題と言えば、公益財団法人「香雪美術館」の持ち株会社化の問題であり、「脱法ガバナンス」呼ばわりされても仕方ない状況にあることです。

この議案の審議のときに、「朝日新聞社では、事業関係者の判定を役員会がやっていますが、明文化された判定基準はあるのでしょうか」と質問してみましょう。

もし、「そのようなものはありません」というお答えなら、事業関係者の判定を経営陣が恣意的に行っていることになり、果たして日刊新聞紙法にある「事業関係者」と言えるのかどうか怪しくなってきます。定款自体の合法性にも関わる問題です。

実際、朝日新聞社の株式を売買する場合、買い手にしてみれば、資金を用意したあとになって購入を拒否される可能性があり、怖くて手が出せません。よって、経営陣以外は新しい株主を見つけられないということになります。そのため、「特定の株主にのみ売却時の買い手を紹介する」という方法で、会社法が禁止している「特定株主への利益供与」が実質的に可能になります。こんなところにも「脱法」の芽があるというわけです。

またもし、「事業関係者」の定義に関して明文化された判断基準があるなら、それを株主に公表しない理由はないはずですし、明文化されていないなら今からでもするべきです。ただし、既存の全ての株主構成と矛盾しない定義でなければなりません。ですから当然、「公益財団法人やテレビ局は事業関係者だが、新聞販売店や新聞拡張員個人は事業関係者ではない」ことの理由を、説明しなければならないでしょう。

株主総会では、この問題を直接質問してもいいかも知れません。「なんで美術館はよくて、新聞少年はだめなんですか」とか、「近所の新聞拡張員のひとに、株を売っていいでしょうか」とか…売却は株主にとって重要な問題なのですから、仮定に基づく質問でも社長は答えないわけには行きますまい。

「事業関係者の定義」を明確化する。これだけのことで、公益財団法人が大株主であるという脱法状態の解消に、大きな一歩を踏み出すことになります。株主の皆様方はぜひ、この点を、6月24日の総会で質問されたらよろしいかと思います。

村山 恭平