ビラ合戦では不利な北朝鮮、文在寅を虚仮にするボルトン本で巻き返し?

高橋 克己

昔は動乱と称された朝鮮戦争は25日で勃発70周年を迎えるが、南北は未だ分裂したままだ。当初は韓国が北侵したとされたが、今でもそれに固執するのは北朝鮮ぐらいのものだろう。

横田滋さんが亡くなった折の拙稿で触れた「闇からの谺」(文春文庫)には、朝鮮戦争が南侵だった、と金正日が語る下りがある。拉致された申・崔夫妻がハンドバッグに忍ばせた小型レコーダーで盗み録りしたのだ。

五十年に戦争が起こったとき、(略)我々は我が制度が良いものだと判っていたから、この制度を固守しようとして進んだのだ。南朝鮮にはやはり資本家、地主、買弁資本家たちがいた。だから出て行って解放しよう、と…

同書には、崔銀姫を金正日が南浦港で出迎えた場面もある。小泉訪朝時に、拉致は党の跳ね返りがやったこと、と正日が述べたのは真っ赤な嘘と知れる。左様に、朝鮮戦争は北侵だったと北の国民は今も信じている。

だから、脱北者が風船で飛ばすビラ50万枚に、「朝鮮戦争は南侵」とあるのは北にはとても困るのだ。「1ドル紙幣2千枚」や「メモリーカード千個」などばら撒かれてはさらに不都合。

北朝鮮メディアは22日、対抗して文在寅の顔に煙草の吸い殻をコラージュしたビラ1,200万枚を風船で南に飛ばすと公表した。が、効果がここまで非対称な報復も珍しい。ビラを見て文政権を倒そう思う韓国民などいないからだ。

北朝鮮が作成した文在寅大統領と吸い殻のコラージュビラ(KBS NEWSより)

しかも、北朝鮮が、朝鮮戦争は南を解放し統一するための戦争としているにも拘らず、解放する側が先に攻め込まれたというのも論理矛盾だ。

普段は親文政権のハンギョレは、昨今の金与正の口汚い文在寅罵倒に、「北朝鮮の論理は、韓国が4.27板門店宣言など各種合意で取り決めた対北朝鮮ビラ散布中止の約束を守れず、信頼がすでに崩れたため、今回は韓国がやられる番だということだ」などとし、うっかり北に肩入れする。

さらに「人民全体の意思によって計画されている対南報復ビラ散布闘争は、いかなる合意や原則にも拘束されない」との北の言い分を書く。が、民間人の脱北者が表現の自由の下でやることと、全体主義の北が国ぐるみでやることの区別もつかないなら、とても自由主義国の報道機関とはいえまい。

そこへ降って湧いたようにボルトン砲が炸裂した。太平洋を越えて飛んできたこの紙爆弾は、ビラでは圧倒的に不利だった北朝鮮には「干天の慈雨」。22日のAFPはボルトンがABCのインタビューにこう述べたと報じた。

金氏は大笑いしているだろう。トランプ大統領がマスコミに見せる一連の文書は、朝鮮労働党のアジプロ機関の役人によって書かれたものだ。それなのに、大統領はそれを2人の深い友情の証しだと思っている。友情は国家間の外交の体を成さない。

トランプ批判が思いがけず北への追い風になった格好だ。が、ビジネス界で長年修羅場を潜ってきたトランプと、法律家を背景に政治・外交界できたボルトンのどちらに人を見る目があるかといえば、筆者は躊躇なくトランプに軍配を上げる

ボルトン氏(Wikipedia)と話題の“暴露本”

何れにしろボルトン本が文在寅に「泣き面に蜂」であることに疑いはない。22日の朝鮮日報は「共に民主党」尹健永議員のフェイスブックへの書き込みを報じた

(私も)板門店での首脳会合の実務責任者として話している。事実に基づけば、ボルトン氏の主張は事実関係に合致していない部分が非常に多い。全ての事実を一つ一つ公開して反論したいが、ボルトン氏のような人にはなれないため我慢する。いうことがないからいわない、という訳ではない。

青瓦台の鄭義溶国家安保室長も以下のように声明し、米NSCに伝達したという。

政府間の相互信頼に基づいて協議した内容を一方的に公開することは、外交の基本原則に反する。今後、交渉の信義が深刻に傷つけられる。米政府がこうした危険な事例を防止するための適切な措置を講じることを期待する。こうした不適切な行為は、今後の韓米同盟関係で共同の戦略を維持・発展させ、両国の安保と利益を強化する努力を著しく損ないかねない。

尹議員はポンペオの「私もその部屋にいた」気取りだがまるで迫力がない。鄭室長の発言に至っては、ボルトンの「発言の自由」や「米国の内政」に干渉する疑いすらある。トランプがボルトン本を機密情報の漏洩だ、というのとは訳が違う。

鄭発言はまた、旧くは日韓国交正常化交渉の議事録の「一方的な公開」や、新しくは慰安婦合意のなし崩し破棄などに至る、韓国が日本になした数多くの、「外交の基本原則に反」し、日本の「信義を深刻に傷つけ」る所業に口を拭って破廉恥だ。

なぜ青瓦台がここまでボルトン本に強く反発するのかは、22日の中央日報記事にあるボルトンの文在寅批判に詳しいので、要旨を挙げる。

  • 文氏は板門店南北会談の翌日、トランプに電話で「金氏が豊渓里閉鎖を含む完全な非核化を約束した。1年以内に非核化することを要請し、金氏が同意した」と伝えたが、ボルトンは同会談を「オリーブの枝をくわえたハトが飛び回るが実質的な内容はほとんどない」と酷評。
  • 安倍首相はトランプに「金氏を信じてはいけない」と助言、「日本は非核化と拉致問題の双方で具体的な約束、曖昧でない約束を望む」と要求し、「トランプはオバマより強い人」と述べた。
  • 文氏は、板門店と同様シンガポールでも写真に加わることを望んだ。が、金英哲氏は「これは米朝会談だ。韓国は必要ない」と断った。文氏の欠席がトランプ-金英哲会談の「唯一の良い便り」だった。
  • トランプ-金の板門店会談では、米朝とも文氏が加わることを望まなかった。文氏は「トランプ-金会談が最も重要だが、金氏が韓国入ってくる場合、私が現場にいないのは望ましくない」と繰り返した。

ところで、上述の金英哲がハノイ会談の後、強制労働施設送りされたのを、筆者は「彼の面構えを見る度に、若い金正恩が本当に権力を掌握しているのだろうかと訝しい気持ちになる」と書いた。果たして、彼は復権し、目下裏で与正を操っているといわれる。

それにしてもこのボルトン暴露本の「損」か「得」か予想するのは難問だ。「損」は、八方から批判された上、訴追の懼れもあるボルトンが最大、次いで文在寅とトランプの順。一方、「得」は金正恩と安倍総理になるのではなかろうか。