リキッドバイオプシーの課題

2020年06月25日 06:00

リキッドバイオプシーは液体(リキッド=血液・尿・唾液・髄液など)を利用した、がんの診断法である。たとえば、血液の中には生きたがん細胞(CTC=Circulating Tumor Cell)やがん細胞由来の細胞部品、あるいはがん細胞由来のDNA/RNAが含まれている。私たちは、血液に含まれるがん細胞由来のDNA/RNA を調べる方法の実用化を目指している。

がん組織を内視鏡・胸腔鏡・腹腔鏡やCTや超音波で確認しながら採取して病理検査するのが最も標準的ながんの確定診断法である。しかし、患者さんに適した分子標的治療薬を選んだり、免疫チェックポイントの効果が期待できる遺伝子異常の程度を調べるには、がん組織の遺伝子解析が必要とされている。今は、結果が出るまでの2-3か月かかることも珍しくない。遺伝子解析するために、手術した際に摘出した組織を利用することもできるが、がん細胞内の遺伝子異常は常に起こっているので、その時々の患者さんの体内のがんの情報を入手するためには、できる限り最近の組織を利用することが望ましい。

また、がんが複数部位に広がっている場合、1か所の部位だけからバイオプシーで組織を採取しても、他の腫瘍部位で同じ遺伝子異常があるかどうかわからない。がん組織間(複数の組織が体内に存在する場合)やがん組織内での多様性(遺伝子変異の違い)を知ることは大切だが、体内のすべてのがん組織を取り出さなければならず、現実的には、できるはずもない。物知り顔で「多様性はどうするのだ」と質問する人がいるが、それを考えれば薬など選択できるはずがない。得られた情報に基づいてその時々の最善の方法で対応するしかないのだ。それでも、ベルトコンベア方式で順次抗がん剤を投与していく標準療法よりも、よほど科学的だ。

多様性の観点では、血液中に含まれるがん由来のDNA/RNA解析は、その時々の全身のがんの状態を反映していることになるし、多様性の情報もより反映していることにもなる。われわれの解析は正常DNAの中に0.1%レベルで紛れ込んだがん由来DNAを検出しようとしている。しかも、最新技術では血液採取から結果が出るまで、24時間である。しかし、ここで問題となるのが、血清がいいのか、血漿がいいのかという点だ。簡単に言うと、採取した血液を凝固させたあとの液体成分が血清で、血液を採取する際に抗凝固剤を入れておいて遠心機で液体部分だけを取り出したのが血漿である。Clinical Chemistryという雑誌に今月報告したが、血漿の方が望ましい。血清には凝固する過程で壊れた白血球のDNA断片が混入するため、相対的にがん由来DNAの割合が低くなり、遺伝子異常が検出しにくくなる。

もうひとつの厄介な問題はClonal Hematopoiesisと呼ばれる血球系の細胞のクローナルな増殖である。血液細胞に生ずる皮膚のシミのようなものと考えていただければよい。この遺伝子異常持った血球の細胞がシミのように増えていると、血液のリキッドバイオプシーでは、擬陽性となってしまうのだ。いずれも本物の遺伝子異常なのだが、がん細胞由来かどうかを区別することが難しく、その識別がきわめて重要になってくる。大腸がんにおける注意すべき課題として、これも今月Molecular Oncologyという雑誌に報告した。リキッドバイオプシーという技術は非常に有用だが、課題や注意点を理解せずに行うのは、手術経験のない外科医が、教科書を眺めながら手術するようなものだ。どのように採血して、そのように処理して、どのようにDNA/RNAを取り出すのかも含めて、基礎をしっかり知ることが肝要である。

そして、最近では血漿DNAを利用して全ゲノム解析を行っているケースも報告されている。この点でも重要なのが、DNAシークエンサーの特性である。多くの人は遺伝子のシークエンス解析は非常に正確だと誤解しているが、例えば100塩基を解析すると2-3塩基の間違いは日常的に起こっている。この間違いは機械的に起こる間違いであって完全な偽物である。それを補うために、シークエンサーの解析では、同じ遺伝暗号部分を30回くらい読み取って補正している。がんのゲノム解析の場合、両親由来の遺伝子のうち、通常一方においてのみ異常が起こっているので、同じ場所を50-100回読み取ることによって正確さを高めているのである。

どうしてもがん組織が得られない場合に、ネオアンチゲンをつけるために、血漿中のDNAを代用に利用することも理屈の上では可能だが、がん由来のDNAの割合がある程度高くないと無理だ。患者さんによっては、異常遺伝子の割合が20-30%くらいを占めることがあるので、そのような場合には血漿に含まれるDNAを利用した全ゲノム解析が可能かもしれない。それでも血液50cc近くは必要となり患者さんの負担は大きい。

技術は進歩し、一昔前には考えられなかったことができるようになってきた。進歩をいかに速やかに導入するかによって、救われる命の数が変わってくる。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2020年6月24日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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中村 祐輔
医学者、内閣府SIPディレクター

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