これってパワハラ?中小企業の悩ましいリアル

2020年07月02日 06:00

源田 裕久 社会保険労務士

2019年の労働施策総合推進法(正式名称:労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律)の改正により、職場のパワーハラスメント対策が法制化され、2020年6月1日から施行された。なお、中小企業については2022年3月31日までの期間は努力義務となっている。

この件については、既に近藤敬弁護士が本連載で詳しく紹介されておられるので、ご参照頂きたい。

パワハラ防止法施行へ:やっぱり社内相談窓口が重要なワケ

さて、企業における労務管理において、筆者が常々、非常に難しい課題の一つと考えているのがこの「パワハラ」だ。身体的な攻撃によって相手を傷つけてしまった場合、それは一目瞭然であるため、容易に「アウト」という判定が出来よう。

また精神的な攻撃であったとしても、それが客観的に個人の尊厳を否定するような『暴言』の類であったり、威圧的な態度であったならば、それも「アウト」と判断が出来る可能性は高いと思われる。

どのような事例が「パワハラ」に該当するのについては、厚生労働省が典型的な6つの類型を例示している

しかし、例えば業務上の落ち度を注意したつもりが、その当人が「パワハラだ」と受け取ってしまった場合、それが果たして「パワハラ」に該当する行為となるのか否か?悩ましいケースが現実には多数ある。筆者が体験した実例を紹介したい。

悩ましい従業員と経営者の認識のズレ

これは既に拙稿でも紹介したことがあるのだが、自動車部品の製造会社でパート社員として働いていた女性のAさんのケースだ。彼女の仕事は電気ドライバーを使用した部品取り付けだった。

Aさんは入社当日から積極的に仕事に関する質問を投げかけ、同社のB社長は熱心に指導を行った。あまり器用では無かったようだが丁寧に作業をする姿を見て、社長も信頼を置いていた。ところが彼女の態度は後に急変することになる。

入社から2か月も過ぎた頃、彼女は休みがちになった。不思議に思った社長がその理由を尋ねたところ、「社長が丁寧に教えてくれないのがいけない」「作業を教えてくれないのはパワハラだ」という言葉が返ってきた。

やがて「監督署に出向いて聞いてみましょうか?」とまで言い切るようになった彼女と、このあと更に大きなトラブルになるのだが、それは置いておき、このケースでは社長の指導が適切であったか否か鍵となろう。

これは筆者側からの視点である点を含んで欲しいのだが、この社長さんは非常にソフトな語りをされる方で、過去の職場で人間関係に悩んだ経験があった。このため社員とはコミュニケーションを密にして、風通しの良い関係を構築したいと良く話されていた。

Aさんが担当した仕事は刃物を使用した危険作業でなかったため、危険回避のためにありがちな強い口調・態度での指導は無かったと推察される。少々の手の遅さには目を瞑り、丁寧な作業姿勢を評価していたほどだ。勿論、絶対とは言い切れないが、それでも労働者側から「パワハラだ」と言われてしまったら、それは認めざるを得ないのだろうか?

先に示した厚労省の類型では、【新規に採用した労働者を育成するために短期間集中的に別室で研修等の教育を実施する】ことは、パワハラに当たらないと例示されている。

しかし、外形的な要件を満たしていても、実際にはその指導・研修の手法や形態によるであろうし、どんなに丁寧に指導したとても、一方的に“パワハラだ”と訴えられるケースも残念ながら想定される。行き過ぎた点があればそれを省みて修正することは必要だが、言いがかり的なケースであれば、他の労働者と平等性や企業統治のためにも、きちんと対峙しなくてはならない。

「混沌」とするパワハラのリアル

中小企業は特にそうだが、パワハラかどうかの判断が難しいことは対策を進める上でも企業側を悩ませている。

厚生労働省が2016年に実施した「職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書」でも、約4500人に「パワーハラスメントの予防・解決のための取組を進める上での課題、問題点」を尋ねたのに対し、「パワーハラスメントかどうかの判断が難しい」という答えた人がダントツで多い70%にのぼった。

職場のパワーハラスメントに関する実態調査報告書(67P)より

昨年、働き方改革として、年次有給休暇の取得義務化がスタートしたが、こんなトラブルが最近あった。

建設業で働くCさんは6月末日にて退職することになったのだが、その際、「会社から有給休暇取得についての説明が無かった。まともな会社では考えられない事態だ。社長は頭がおかしい」と暴言を吐き、「在職した5年間分として60日分を取得させよ」と要求してきた。

確かに建設業という業種柄、有給休暇が取りやすい環境には無かったようだが、同社では法改正にあわせて有給取得の段取りを行っており、実際にCさん自身もこの1年間で有給休暇を6日間取得していた。就業規則には取得手続きが記載されており、社員全員が規則を確認したというサインも書面で取っていた。

ところが、Cさんはこの有給休暇のほか、残業代の未払いがあると主張し、またもや罵詈雑言で社長をやり込めた。たしかに会社側の労働時間集計に一部ミスもあった。

しかし、Cさんの側が一方的に高圧的な態度で怒りを爆発させている状況でもあり、傍目からどちらがパワハラなのかと戸惑うほど、収拾がつかなくなってしまった。人によって、働きやすさ、ワークライフバランス、金銭など価値観の違いが想定外の事態を招いてしまう部分もありそうだ。

写真AC

備えもしつつ、働きやすい環境整備を

経営者側にとっては、こうした思わぬトラブルに巻き込まれてから、対応するのは大変だ。最近は損害保険会社から、不当雇用慣行や第三者ハラスメントなどに関する損害賠償請求に対応する保険や特約が提供されているが、パワハラ対策の法制化により、企業経営者がさまざまな「備え」も視野に入れる時代になっているのは確かだ。

このほかにも、社長にへつらうため上司が部下を壮絶に叱責するパワハラといった話もあった。この上司は完全に悪意を持っており、意識的に部下に言葉の暴力を浴びせていた。パワハラを受ける側は、上司に面従腹背して日々汲々としてしまう。

もし、現在進行形でパワハラなどに悩んでいる人がおられるなら、今は様々な相談窓口が開設されているので、状況に応じて選択し、積極的に活用することをお勧めしたい。

厚生労働省:あかるい職場応援団

上司によるパワハラが横行する企業では、たとえ自分自身が攻撃対象からは外れていても、余計に心苦しく、胸が締めつけられるものだ。自分が攻撃されるよりも、他人が攻撃されているのを見聞きするほうが辛いこともある。

企業は厚労省の類型を参照しつつ、どんなパワハラ対策を講じることが出来るのか、是非とも労使間で率直な意見交換を行って、働きやすい環境整備に努めて欲しい。

源田 裕久 社会保険労務士/産業心理カウンセラー
足利商工会議所にて労働保険事務組合の担当者として労務関連業務全般に従事。延べ500社以上の中小企業の経営相談に対応してきた。2012年に社会保険労務士試験に合格・開業。これまで地域内外の中小企業約60社に対し、働きやすい職場環境づくりや労務対策、賢く利用すべき助成金活用のアドバイスなどを行っている。著書に『中小企業の「就業規則」はじめに読む本』(すばる舎)


この記事は、AIGとアゴラ編集部によるコラボ企画『転ばぬ先のチエ』の編集記事です。 国内外の経済・金融問題をとりあげながら、個人の日常生活からビジネスシーンにおける「リスク」を考える上で、有益な情報や視点を提供すべく、中立的な立場で専門家の発信を行います。編集責任はアゴラ編集部が担い、必要に応じてAIGから専門的知見や情報提供を受けて制作しています。

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