孤立へ向け暴走する習近平の中国共産党、「香港国家安全法」施行で

高橋 克己

習近平氏(昨年12月の日中首脳会談、官邸サイト)

習近平の中国は国際社会での孤立に向かうルビコン川を渡った。6月30日の「香港国家安全維持法」(以下、安全法)施行のことだ。5月28日の全人代採択から一月余りでのスピード施行は、7月1日の返還記念日に予想される抗議デモや7月に始まる9月の香港立法院議員選挙の立候補受付に間に合わせるためだろう。

ポンペオ米国務長官は全人代開催中の5月27日、「香港人権法」(昨年11月成立)を適用するための報告を議会に送って中国を牽制(参照:アゴラ拙稿)、6月26日にはその第一弾として、中国共産党幹部(退官者や親族を含む数百名?)のビザ発給を制限する制裁を発表し、安全法を審議中の常務委員会を牽制した。

米上院も6月25日、共同宣言(85年)と基本法(97年)に基づく中国の香港に対する義務に違反する個人や団体(香港に置かれる安全維持機関を含む)の制裁と香港人の受入を米政府に求める内容の、「香港自治法」を全会一致で通過させ、下院に送った。これも全人代常務委員会への牽制だ。

米国に遅れ馳せながら欧州議会も6月19日*、中国が香港への安全法の導入を強行する場合、EUとその加盟国に対して、国際規約に違反する中国政府を国際司法裁判所に提訴することの検討や、米国の「マグニツキー法」を参考にした中国への制裁を求めた。

こうした国際社会挙っての反対を無視して強行施行した安全法により、中国は香港の頭越しに、安全保障をめぐる「非常に重大な」犯罪の管轄権を持ち、また香港の法律に拘束されることなく任務を遂行できる中国の国家安全維持機関を香港に設置可能になった。同法の違反者の最高刑は終身刑だ。

具体的には、国家の分裂、政府の転覆、テロ活動、国家安全に危害を加えるための外国勢力との結託の4つを禁止し、中国本土が訴追手続きを引き継げる事案として、外国が関与する複雑な事案、「非常に重大な」事案、国の安全が「重大かつ現実的な脅威」に直面した場合、3事案を規定する。

同法の施行を受けて民主派政党「香港衆志(デモシスト」は30日、「内部で熟考した結果、現状を踏まえ、解散して団体としてのあらゆる活動を中止することを決めた」とツイッターで明らかにした。これに先立ち、米国議会で訴え演説をした黄之鋒や周庭ら同派幹部は脱退を発表していた。

一方、林鄭行政長官は1日の香港返還23周年式典で、同法の施行を「香港が混乱からよく統治された状態に移行するターニングポイントだ」とし、「香港の司法の独立性と高度の自治を損なうことはなく、香港市民の自由と権利に影響を及ぼすこともない」などと述べ、中国政府に感謝した。

2014年10月の雨傘運動(Wikipedia)

振り返れば、結局は挫折したものの、まだ10代だった黄之鋒や周庭らが立ち上がった14年の雨傘運動とは、14年8月に全人代常務委員会が17年の香港行政長官選挙から、北京が認定する指名委員会の支持を受けた者だけが立候補できる制度にしたことへの反対運動だった。

香港側でこの制度の意見集約をした当時の政務長官林鄭は、「行政長官には中国政府と敵対しない人物が就任するべき」と結論した。そしてその林鄭が、その制度を利用して17年の選挙に勝ち行政長官に就任した。この経過からしても、林鄭長官が北京の走狗であることは一目瞭然だ。

他方、米国の対香港政策の経緯は、97年の返還時に「香港政策法」を設け、雨傘運動の起きた14年11月にこれを強化する「香港人権法」提出した。以後棚晒しだったが、19年6月の「逃亡犯条例改正」反対の大規模デモを機に11月に成立させた。6月26日のビザ発給制限はその発動第一弾だ。

国連人権理事会の日本を含む27ヵ国も1日、香港の住民や立法・司法組織の関与なしに安全法を成立させたことは、「一国二制度」が保障する香港の高度な自治と権利、自由を「害する」ものだとする声明を、新疆ウイグル自治区へのミチェル人権高等弁務官の立ち入り要求と併せて読み上げた。

これに対して中国は6月30日、環球時報が「中国は香港国内問題での米国の干渉を二度と容認しない」と題する記事で、例によって中国の大学教授2名の口から米国非難の弁を語らせて北京のマウスピース役をした。が、この米国非難は、北朝鮮が経済制裁で米国を非難するのに似て意味がない。

というのも、縷説のように香港やウイグルに纏わる中国非難は、国連人権員会や国際司法裁判所提訴や制裁に言及する欧州議会からもあり、米国だけに限らない。また、中国常套の内政干渉をいうなら、安全法こそが、高度な自治を自ら保証して英国から返還を受けた香港への内政干渉に他ならない。

また米国の制裁も、米国が香港に付与した関税や金融に係る特権解除やビザ発給制限も、また「香港自治法」にある、安全法に関わった中国の個人や団体の在米資産凍結なども、米国国内法に基づく米国の利害に係る案件での制裁で、内政干渉には当たらない。また人権に係る内政干渉は国際法上容認される場合がある。

昨年9月、「香港独立」を掲げるデモ隊。今後は見られなくなるのか(Studio Incendo/flickr)

さて、安全法施行に伴う香港の「一国一制度」化によって、具体的に何が起こるだろうか。9月の立法院選挙までに、もし香港が第二の天安門と化せば、国際社会の中国非難は頂点に達しよう。そして米国の制裁は一層強まり、それは北京への打撃だけでなく香港自体の沈没も現実化させる。

香港人の香港逃避には英国と台湾、そして米国も救いの手を差し伸べているが、香港が沈むにつれてさらに現実味を帯びるだろう。筆者は、北京にピンポイントに効く「香港自治法」の早期成立まで、香港に影響を与える「香港人権法」を最小限にすることを米国に期待する。

安全法の強行は、このように香港にも北京にも、そして国際社会にも深甚な副作用を生じさせる。世界中からのこれら反対の大合唱を無視して、習近平は一体どこまで我を張るつもりか。そして習近平に全く頭の上がらないように見える共産党幹部はこれで良いのか。