コロナで一極集中見直し。道州制論議のチャンスに

2020年07月11日 06:00

写真AC

私は大阪という大都市で2期8年知事をつとめさせていただきましたが、都市化していない地方の自治体とはまた違う意味で、東京の一極集中の弊害をまざまざと痛感させられました。

思い返せば、知事在任中のほとんどが不景気。経済再建、財政再建に常に苦闘した日々でした。それはバブル崩壊の後遺症もありましたが、東京への一極集中により、大企業が大阪にあった本社機能を移してしまうという構造的な問題もありました。だからこそ、私は大都市の知事経験者ではありますが、国政へと転じてからも、東京と地方の共生がいかに重要かも訴えてきたのです。

地方がこれ以上、極度の人口減少、不景気で立ち行かなくなってしまえば、東京に集まる企業とて市場が縮小するわけですから、「一人勝ち」に思える繁栄も砂上の楼閣のように崩れ去ります。ですから地方創生は、東京にとっても重要です。

竹下内閣のふるさと創生、安倍内閣の地方創生など、平成の30年は、日本の政治は地方にいかに投資し、共存共栄をはかるか苦悩し続けた時代でした。

しかし、新型コロナウイルスの危機によって、大都市でこれ以上、満員電車に揺られて定時に一斉出社・一斉退勤をするというライフスタイル、ワークスタイルを否応なしに見直さざるを得なくなっています。

これにより、テレワーク、オンライン学習、オンライン診療など、やりたくてもやりきれなかったことを、私たちはこのピンチを逆手にすることで普及させるチャンスにしなければなりません。折しも5Gが普及しはじめたこのタイミングも追い風です。

ただし、いまの世の中の議論をみていると、テレワークにしろ、オンライン学習にしろ、大都市やその周辺に住み続けることが前提になっているように思います。ライフスタイルを見直すとなれば、政治の側からは、東京への一極集中を見直し、ヒト、モノ、カネが循環していくような仕組みへと作り直すことを提案していくべきではないでしょうか。

新しい仕組みの一つとして、私は今こそ「道州制」を議論していくべきと思います。
我が党でもかつて道州制推進本部が設置され、活発に議論された時期もありました。

8年前に(私は当時、国会にいませんでしたが)推進本部でつくられた法案骨子をみると、国と地方の役割分担を徹底的に見直すことを理念に求めています。

たとえば、国の役割としては、危機管理や国民経済の基盤整備など全国的な視点に立つべきものは国に限定して、国家機能の集約をはかる、国から道州へ広く権限を移譲し、道州は、国際競争力を持つ地域経営の主体として構築する…などなど。

道州制というと、都道府県のどこを合併するとか「見た目」のほうにばかり目が行きがちで、それこそ地域ナショナリズムをこじらせて、地図上のカタチにばかりこだわった議論が紛糾しそうですが、それは本質的なことでは全くありません。新しい枠組みで国になんの仕事を残すのか、道州はどこまでカバーするのか、基礎自治体(区市町村)はどう変わっていくのか、これがキモです。

しかし、この「再編」が最も労力を使うことだというのは、私も知事として地方分権に向き合ってきましたのでいやというほど痛感しています。権限移譲は国に仕事を手離させられるかといういかにも政治的な話だけではないのです。

難しい仕事を渡された地方側がどこまで対応できるのか、これまででも問題になっていて、近年の大水害など災害対応についてはやはり中央に機能を一括すべきという意見も説得力を強めています。そういう教訓や課題も織り込んで、場合によっては人材も国から一部移転するのかも含めて議論が必要になります。

そうした複雑で難しい課題だからこそ、新型コロナ危機という「外圧」こそエネルギーに変えて、道州制実現へのロードマップづくりをして、「10年後」などと期限を定めて、国を挙げてエイヤっ!で一つの方向に突き進んでいくべきなのです。

ポストコロナ時代の道州制へ、本気で一歩目を踏み出してみませんか?

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太田 房江
参議院議員(大阪選挙区、自民党)、元大阪府知事

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