なぜ特別定額給付金に13兆円かかったのか?

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1.  特別定額給付金が振り込まれました。

先週ようやく特別定額給付金が振り込まれました。
少し時間がかかりましたが、僕が住んでいる自治体は人口が極めて多いので、おそらく自治体の職員の方は相当な負荷がかかっていたと思います。

ちなみに、僕はマイナンバーカードの暗証番号を設定していなかったので、電子申請をしませんでした。暗証番号を設定するために役所に行って電子申請をすることも可能でしたが、役所に住民が殺到している時期であり、かなり時間がかかるのと密集している場に生きたくなかったのと、ますます区役所の事務負担が増えるので郵送による申請まで待つことにしました。

2. オンライン申請と郵送申請の違い

これにより、5月初旬にスタートしたオンライン申請は諦め、区役所から申請書が郵送されてくるのを待ちました。

区役所が申請書を住民に申請書を送付し始めたのは5月終わりです。
実際に、申請書が届いて申請書を送付したのは6月の初めです。

この時点で、オンライン申請の開始直後の5月初旬にすぐにオンラインで申請した同じ区の知人には既に給付金が振り込まれていました!(←ただし間違いのない正しい申請をしたケース)

実際に僕に給付金が振り込まれたのは7月初旬です。

オンライン 申請開始 5月2日   5月下旬
郵送申請  申請開始 5月28日 7月初旬

申請開始に1ヶ月の差
申請から給付までの期間の差も1週間くらい

3.オンライン申請の課題

オンライン申請の方が随分早いですね。
ただし、全体としては今回のオンライン申請には大きな課題が残りました。

システムは設計がよくなかったようで、誤った記載や添付書類でも申請ができてしまったり、同じ人が何度も申請可能な仕様になっていました。

このため、人力で確認しないといけないオンライン申請が多数届き、自治体職員が誤記の確認に相当の労力を取られて混乱したり、申請者に修正依頼や確認の電話をしたり、給付の遅れの原因となりました。

二重給付をしてしまった自治体も出ました。オンライン申請を中止して郵送一本の受付としたところもあります。その方が全体として早く給付できるという判断です。

そして、銀行口座がマイナンバーカードに紐付いていないので、オンライン申請でも郵送申請でも申請書に記載された口座情報を自治体職員が手入力する必要がありました。

日本では、役所から現金給付を受けるというのは、一部の特別な事情のある人だけです。

※ 誤解のないようにお伝えすると、実際には、現物給付といって教育、保育、医療、介護などサービスにかかる金額のほとんど(無料の場合もある!)を役所が肩代わりしてくれているので恩恵はみんな受けていますが、現金を役所からもらう場面が少ないのです。

全員にお金を配るシステムがちゃんと整備されていない一番大きな背景はこれです。つまりめったに使われないからです。

ただし、リーマンショック後の定額給付金や今回のコロナの特別定額給付金など、国民全体が困っている非常事態には、政府は全国民への給付を実施しています。

こうした給付金はまさに、非常時の備えといってよいでしょう。
第二波も想定されるので、遠くないうちに再度の給付金の必要が出てくる可能性もあります。

生活に困った人に迅速に給付金を配るための制度や最適なシステムの整備は、緊急事態に平時から備えるために急務と思います。

4.デジタル化によって政策そのものも自由になる

そもそも、今回どういう経緯で全国民に一律10万円の給付が支給されるという意思決定がなされたか覚えていますでしょうか?

当初、一次補正予算には、収入が減少して低所得になった一部の世帯に30万円を給付するという案で閣議決定されていました。

これについて、収入の確認など要件が細かいので給付に時間がかかる、一部の世帯しか救われないのでは困るといった意見が多かったので、「多くの人に迅速に配る」ために一律10万円の給付に急遽方針を変更して、補正予算案を作り直しました。

つまり、多くの人に迅速に配ることを優先した結果、特に失業したり収入が減少したりしていない人やお金持ちにも配ることを決定したわけです。
これによりどのくらいの予算を増やす必要があったでしょうか?

約4兆円 ⇒ 約12兆9000億円
8.9兆円増えたわけです。

8.9兆円がどのくらいの規模かというと、年間の消費税収の3.5%くらいです。
1年間、消費税を10%から13.5%に上げないとまかなえない規模です。

早く配るために、必ずしも給付金がなくても困らない人にも配ったわけです。これ、実は行政がデジタル化していないことが政策の選択肢を大きく狭めてしまっています。

所得データや職業などの情報を給付部門が活用できるようにすれば、例えば直ちに所得が減少せず、失業のリスクもなく、所得の高い人を対象とせずに迅速に配ることができるわけです。

そうすれば、より少ない支出で本当に困っている人を迅速に救う制度設計ができる納得感の高い政策決定ができるようになります。

勝手に所得の情報という個人情報を役所に使われるのは、なんだかこわいと思うかもしれません。

でも、実は全く新しいことではなくて、今でも普通に使われているのです。

これは、別に新しいことではなく、実は法律の根拠があれば可能です。
例えば、低所得の年金受給者に上乗せの給付をする年金生活者支援給付金制度という法律に基づく給付がありますが、「前年の公的年金等の収入金額※とその他の所得との合計額が879,300円以下」という細かい所得の条件があります。

この所得の証明のために申請者は、わざわざ課税証明書などの添付書類をつける必要はありません。法律の根拠があり年金生活者支援給付金の支給事務を行う年金事務所が市町村から所得情報の提供を受けるからです。

児童手当、奨学金、生活保護、児童扶養手当、保育園や幼稚園、公営住宅、各種社会保険料の低所得者向けの減免など様々な給付事務で活用されています。

ただし、こうやって所得の情報を活用するためには、法律の根拠が必要なのです。
特別定額給付金は法律の根拠なく予算措置で配ったものなので、上にあげた既存の現金給付のように個人情報を役所側がシステムを使って調べることができません。

経済危機や災害の際の給付も平時から特別給付金を支給する法律を定めておけば、様々な既存の給付金と同様に情報連携が可能になるので、国民の申請の手間も減りますし、支給事務の簡素化を図りつつ、細かな制度設計が可能となります。

平時から、こういう制度面の備えをしてもよいと思うのですがいかがでしょうか。

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編集部より:この記事は元厚生労働省、千正康裕氏(株式会社千正組代表取締役)のnote 2020年7月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。