交通事故被害者の主婦が突然“被疑者”に~不当捜査の訴えに判決は?

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高校生の娘を持つ母親の主婦のAさんは、ある日、自家用車を運転中に、高齢運転者の危険運転による一方的な過失による事故の被害に遭って、救急車で搬送された。

事故からしばらくして警察から呼び出され、事故の処理かと思って警察署に行ったところ、突然「犯人隠避」の被疑者として扱われた。「私が運転していました」といくら訴えても、「身代わり」であることを認めるように強要される。「昭和の時代」でもあり得ないような事件が、4年前、島根県で起きた。

度重なる取調べが行われ、その恐怖に夜も眠れず、苦しみ続けていたAさんが、私の法律事務所に助けを求めるメールをしてきたのは、2017年5月下旬だった。

Aさんは、警察や検察からの犯人扱いが続き、耐え難い苦痛の毎日を過ごしていたが、交通事故の加害者の高齢男性が不起訴処分になったことで、二重の衝撃を受けた。「なぜ、交通事故の被害者の自分が警察や検察にこんな思いをさせられなければいけないのか、真実を知りたい」と切々と訴えていた。

私は、島根県と国に国家賠償請求訴訟を提起することを提案し、2018年2月に提訴。約2年の審理の末、今年3月に結審。コロナ感染症対策で判決が延期されていたが、明日(2020年7月 15日)、東京地裁で判決が言い渡される。

「交通事故被害者の主婦」が、いきなり「犯人隠避の被疑者」に

発端は、Aさんが、2016年8月、夫のBさん所有の自動車を運転し、優先道路を走行中、一時停止標識を無視して交差点に進入してきた84歳の高齢男性運転の自動車に衝突され、加療4週間を要する肋骨亀裂骨折等の傷害を負った交通事故だった。

事故から約3ヶ月経った11月中旬、Aさんは、警察の呼出しを受け、事故処理のための被害者聴取だと思って警察署に赴いた。すると、突然、「あなたには犯人隠避の疑いがある。被疑者として取調べを行う」と告げられ、ポリグラフ(ウソ発見器)検査を受けさせられた。事故時の運転者が夫であり、無免許や飲酒運転を隠蔽するために、Aさんが運転者であったかのように虚偽申告をした「犯人隠避」の疑いがあるということだった。

突然「被疑者扱い」され、「逮捕する可能性もある」と言われたAさんには、一体何が起きているのかさっぱりわからなかった。Aさんは夜も眠れない程精神的に追い詰められ、体調も崩した。その後も何回も取調べで呼び出され、事故車両と同型車両での実況見分まで行われた。夫のBさんも、警察の取調べを受けた。

しかし、Aさんが事故に遭った時には、勤務先の飲食店のタイムカードの記録で、Bさんにアリバイがあることが明らかになった。それによって、Aさんの犯人隠避の疑いは晴れたように思われた。

検察官が根拠もなく「浮気の可能性」に言及

ところが、Aさんは、取調べ担当の警察官から「犯人隠避の事件で検察庁に送致する」と言われた。それからしばらくして、松江地検の検察官から呼び出された。「交通事故の被害者としての聴取だけでなく、犯人隠避の被疑者としても取調べをする」と告げられ、「黙秘権」も告知された。

Aさんが、「アリバイがあるので夫が運転していなかったことは明らかだ」と言うと、検察官は、「想像は限りなく広がりますよね。俗っぽいことをいえば浮気してて、事故が表になっちゃうのは旦那さんにばれるし」などと言って、あたかも、事故当時、Aさんの浮気相手が運転していて、事故直後に現場から逃げ出した可能性もあるというようなことを言われた。

その検察官は、「目撃者がいるから犯人隠避の疑いがあるが、証拠が十分ではないので起訴しない。事故の相手方の事件(交通事故の加害者)も、被害者が1人か2人かわからないから起訴できない」などと説明した。

警察で突然「被疑者扱い」され、疑いが晴れたと思ったら、検察官にも「被疑者扱い」され、「浮気の可能性もある」などと言われ、一方で、優先道路に一時停止標識を無視して出てきて衝突して自分に怪我を負わせた加害者は不起訴になるというのだ。交通事故の被害者の自分が、なぜ、そのような目に逢わせられなければならないのか、どうしても納得できなかった。

しかし、このような警察や検察の問題を地元の弁護士に相談しても、取り合ってもらえず、Aさんは、地元紙の記事で島根県出身の弁護士として紹介されたことがあった「郷原弁護士」のことを思い出し、私の東京の事務所の公開アドレスにメールを送ってきたのであった。

島根県と国に対する国賠訴訟を提起

電話で、Aさんから詳しく話を聞いたところ、夫のBさんは、5年前に飲酒運転で逮捕されたことがあり、その際、警察とトラブルになり、担当警察官の対応について公安委員会への申立までしている事実があったということだった。警察が、Bさんに対する「意趣返し」から、Bさんの無免許運転を無理やり仕立て上げようとして、Aさんを被疑者扱いした可能性もあると思われた。

島根県警本部(Wikipedia)

島根県警の行為は重大な人権侵害であり、絶対に許すことはできないし、それに加担した松江地検の検察官の対応も論外だった、Aさんには、国賠訴訟を起こすという方法があることを説明した。Aさんは、悩んだ末、夫のBさんとともに提訴することを決断し、2018年2月、東京地裁に、島根県警(被告島根県)と松江地検(被告国)に対する国家賠償請求訴訟を提起した。

国賠訴訟の被告となった島根県は、事故当時、事故車両を男性が運転していたのを目撃したとする「目撃者供述調書」らしき書面2通を、住所氏名を黒塗りにして証拠提出してきた。

しかし、2名の「目撃者」のうち1名は、事故直後、Aさんが救急搬送された後の現場での実況見分に立ち会っている。その実況見分調書上は、事故車両の運転者はAさんとなっている。「調書」では、「実況見分の際も、運転者が男性だと言ったつもりだったが」などと述べている。

もう1人の目撃者は、「運転席にいた男性に話しかけた」と供述しているが、事故直後の実況見分の車両の停止位置からは、調書で述べているような形で話しかけることは客観的に不可能だ。2名の「目撃者」の供述は全く信用できないもので、運転者が男性であったこと、Aさんが犯人隠避を行ったことを疑う根拠になるものとは到底言えなかった。

訴訟を起こしたAさんを「被疑者扱い」することによる「恫喝」

事故直後の実況見分ではAさんを運転者として扱っているのに、突然、犯人隠避の被疑者として取調べるに至ったのは、どのような経緯で、どのように判断したからなのか、さっぱりわからない。

そこで、訴訟の中で原告側から、

犯人隠避の「犯人」とは、誰についての、どのような犯罪の事実を想定したものなのか、また、「隠避」というのは、いつのどの行為を指すのか

との求釈明を行った。

驚愕したのは、それに対する被告島根県の準備書面での回答だった。

犯人隠避の被疑事件について、送致を行っていないが、公訴時効完成までは捜査は継続しており、現段階においては、従前主張していること以上の事実を明らかにすることはできない

というのである。

Aさんは、警察から呼び出しを受け、本件事故の被害者としての事情聴取だと思って出頭したところ、いきなり「犯人隠避の被疑者として取り調べを行う」と言われ、ポリグラフ検査を受検させられて以降、「被疑者として逮捕されるかもしれない」という不安と恐怖に苛まれ、耐え難い精神的苦痛を受けてきた。

被害者なのに、なぜ警察に虚偽の申告をした犯人のように扱われたのか、いかなる理由によるものだったのかを知りたいという思いから、苦悩した末、被告島根県及び国に対する損害賠償請求の提訴に踏み切ったのだ。

ところが、島根県は、そのAさんの当然の疑問に対して、真摯に答えようとしないどころか、「犯人隠避の被疑事件について、公訴時効完成までは捜査は継続している」などと述べて、Aさんを引き続き捜査の対象にするかのように「恫喝」してきたのである。

このような島根県の準備書面を見たAさんは、突然犯人隠避の被疑者として取調べを受けた際の恐怖を思い起こし、再び激しい不安に苛まれることになった。

原告側からは、被告島根県の準備書面でAさんが再び大きな精神的打撃を受けたことを訴える陳述書を提出し、島根県の対応を厳しく批判した。それを受け、裁判所から被告島根県に、可能な限り求釈明に応じるようにとの指示があったことを受け、被告島根県は、ようやく、夫のBさんの勤務先のタイムカードに関する捜査報告書を提出してきた。

それが、また驚愕の内容だった。

Aさんの「被疑者取調べ」の前に、夫Bさんのアリバイは判明していた

島根県警が、Bさんの勤務先からタイムカードの提出を受けて事故当時Bさんにアリバイがあることを確認したのは、Aさんの取調べを行う2週間も前だったのだ。Bさんが運転していた可能性が客観的に否定されているのに、Aさんを呼び出して犯人隠避の被疑者で取調べを行い、ポリグラフまで受けさせていたのである。

しかも、島根県側は、「タイムカードの打刻に第三者が介在していた可能性は否定できず、タイムカードの機器の時刻の設定を一時的に変更して打刻した可能性や機器の時刻設定自体に誤差があった可能性なども否定できない」などと主張した。

しかし、タイムカードの記録を確認した時点で、タイムカード偽装工作を疑って捜査した形跡は全くない。「苦し紛れの言い訳」であることは明らかだ。

Bさんにアリバイがあり、Aさんに犯人隠避の犯罪の嫌疑がないことがわかっているのに、Aさんを被疑者扱いして、ポリグラフまで受けさせたということになると、その行為の方が「犯罪的」だ。県警側に全く弁解の余地はなく、被告島根県として、責任を認めるのが当然だと思えた。

ところが、その後も、島根県は、反論を先延ばししたり、沈黙したり、凡そ公的機関の対応とは思えない不誠実な訴訟対応を続けた。

「高齢運転者の危険運転」を放置する島根県警、無罪放免にした松江地検

もう一つの重大な問題は、この事故は、84歳の高齢者が、一時停止標識を無視して優先道路に進入したために発生した、今まさに社会問題にもなっている「高齢者による危険運転」そのものによる事故なのに、「一時停止した」と言い張って過失を認めない加害者の言い分を許し、何ら追及せず、処罰もせず無罪放免にして放置したことだ。

そもそも優先道路に進入する際、安全を確認して進行車両の有無を確認しなければならないのが当然だ。一時停止をした上で、進入して衝突したとすれば、進入した側の重大な過失であり、むしろ、運転者の認知機能に問題があることになる。

ところが、島根県は、「高齢運転者」の「自分は悪くない」という弁解を鵜呑みにして、ろくな追及も行っていない。Aさんに対して、嫌疑がなくなっているのに犯人隠避の被疑者で取り調べるという人権侵害を行う一方で、この高齢運転者の危険運転を処罰する方向での捜査はまともに行わず、検察庁も、この高齢運転者を不起訴(起訴猶予)にしてしまったのだ。この事故の後も、この高齢運転者は、平気で車を運転していたらしい。

調査したところ、この高齢男性は、自治会長や交通安全協会の要職も務めている人だった。島根県の田舎では、そういう人の力は絶大だということであり、まさに地域での「上級国民」に対して、警察の対応に「格別の配慮」があった可能性も否定できない。

裁判所は「重要な事件」と認識し出張尋問で真相解明へ

警察の使命は、市民の生活の平穏と安全を守ることである。

しかし、Aさん夫妻に対して島根県警が行った重大な人権侵害、危険な高齢者運転事故への杜撰な対応、それに対してAさんが国賠訴訟を提起したのに対して「捜査を継続中」などと主張してAさんにさらに精神的な打撃を与えたこと、すべて意図的に行ったとしか思えないものであり、全く弁解の余地のないものである。このようなことを平然と行い、何の反省も謝罪もしない島根県警には、組織の体質に根本的な問題があるとしか考えられない。

裁判長からも、「重要な事件」との認識が示され、2019年11月に、松江地裁で異例の出張尋問が行われた。東京地裁から3人の裁判官が出張し、事件を担当した3人の警察官、被告島根県側が「目撃者」だとする2人の男性の証人尋問が行われた後、原告Aさんの本人尋問が行われた。

Aさんは、涙に声を詰まらせながら、自分の思いを率直に表現し、東京から島根県まで出張して尋問を行ってくれた裁判所に感謝の意を示した。

疑いをいきなりかけられ、突然のことで、警察から疑われて調べを受ける中で、本当に不安の毎日と戦って、この3年間、ずっと、本当に苦しい思いをしてきてるんです。本当に藁にもすがる思いで郷原先生を探してご相談させて頂いて、本当に隠しカメラがあるんじゃないか。なんかいつも見張られているじゃないかとか。娘がもし事故をしたら、また犯罪者扱い、子供たちまでさせるんじゃないかとか。そういう思いでずっと暮らしてきたので、こういう場があることをとても感謝しています。

警察や検察の権力に踏みつぶされそうになった1人の市民、子を持つ一人の母親が、勇気を振り絞って、県警と検察の不当捜査を訴えたこの訴訟で、裁判所が示す判断に期待したい。