地方参政権の次は、外国人地方公務員?〜 “反差別”が次に狙うもの

2020年07月17日 06:00

一地方が日本全体を脅かす

写真AC:編集部

外国人を巡ってはとにかく「差別」という言葉で自説を押し通そうとする者が後を絶たず、その傾向は年々強まっている。そのためか従来なら考えられない問題で「差別」が主張されるようになった。

特に注目したいのが2017年に小池百合子東京都知事が希望の党を結成し、同党への加入条件として「外国人地方参政権反対」を挙げたが、これが「差別」と批判され結局、撤回されたことである。外国人地方参政権反対が「差別」など2000年代なら考えられないような話である。

この外国人地方参政権でよく話題になるのが外国人の本国と日本の利益が衝突した場合、どうなるのかである。

まず確認しておきたいのは、我々日本人はよく「国はこうすべきである」と言うが、この日本で実施される「政策」とはその多くが国と地方自治体との共同作業である。

そして地方自治体には外国からの武力攻撃に対して「国民保護」の責務がある。

地域住民の避難・誘導は地方自治体、特に市町村の役割が期待されている。「避難所」とは災害時のみに設置されるわけではない。地方自治体が「国民保護」の責務を果たしてこそ自衛隊は戦闘任務に集中できるのである。このように地方自治体は安全保障政策の一部を形成している。

よく「安全保障政策は国の専管事項である」という主張があるが、これは正確ではない。

沖縄県の米軍基地問題や秋田県の陸上型イージスの配備失敗はどちらも地方自治体との調整不足の結果である。

沖縄県や秋田県の事例を見てもわかるように地方自治体の決定の影響がその自治体の管轄地域内で完結するとは限らず「日本」全体に影響を及ぼすこともある。

外国人地方参政権の議論となると「あくまで地方の話」といった具合で参政権容認に伴う影響が地域内で完結するような意見があるがこれはミスリードである。必ず他の地域に及ぶ。

だから外国人地方参政権を認めた場合、外国人は自らの本国の利益のために影響下にある首長や地方議員を通じて日本全体の利益を害することが可能になる、すなわち「一地方が日本全体を脅かす」ことが現実になる。最悪、地方自治体が戦前の「関東軍」のように振る舞う危険がある。

このことから日本の平和のためにも外国人地方参政権は認めるべきではない。外国人から要求された場合は日本国籍の取得を進め、それこそが「地域社会の一員になることだ」と説明すべきである。

地方参政権の次は外国人地方公務員?

「反差別」の文脈で今後、地方参政権以外で議論になりそうなものとして「外国人地方公務員」が挙げられる。

外国人人口が増大すれば地方自治体も必然的に外国人を意識するし、既にそういう状況になっている。外国人は「住民」として行政サービスの対象になるわけだが、そこには当然、言語・生活習慣面での違いがあり、それが行政サービスの執行者たる地方公務員の負担を増大させる。となると自然に執行負担の軽減のために「外国人を地方公務員にしたほうが効率的である」という主張が出てくる。

地方公務員法には採用における「国籍条項」の規定はなく、採用はあくまで地方自治体の裁量である。

一応、判例として地方自治体の管理職の就任は日本国籍保持者であることが求められているが、今後の外国人人口の増大でどうなるかわからないし管理職に就任できないとはいえ公務員である以上、当然、相当な情報を閲覧することができる。

外国人地方公務員が増大し彼(女)らの地方自治体内での発言力が増せば、地方参政権と同様と「本国or日本」という議論が出てくるし、外国人地方公務員の増大自体、「外国人は地域社会の一員である」という実績となり、それを根拠に地方参政権の要求もでてくるだろう。上記したように外国人地方参政権容認は「一地方が日本全体を脅かす」危険を招くから、それを誘発する「外国人地方公務員」についても議論を深めるべきだ。

日本人生活者の視点に立った議論を

日本社会は「外国人の政治活動」についてなんら国民的合意がないため外国人とその支援者からの要求にはどうしても受け身なってしまう。

「自民党は外国人地方参政権に反対しているから大丈夫」程度では外国人とその支援者からの「反差別」の声に圧倒されるだけだろう。

近い将来「地方公務員に外国人採用枠を設けないのは差別だ」という主張がでてくるのも夢想ではない。

無茶な要求を防止するためにも偽善的な「共生論」ではなく日本人生活者の視点に立って外国人の受入れ、日本人社会への一体化を議論すべきだろう。

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