中国はなぜこうも国際法を踏みにじって恥じないのか

2020年07月17日 06:00

斯界の泰斗・小室直樹の著書に「中国原論」(徳間書店、96年)がある。見開きに「この本は、あなた自身が中国を理解するための水先案内人である」と書かれている。「原論」もの他に「憲法」、「経済」、「宗教」、「数学」、「民主主義」、「資本主義」が手許にある。

何しろ稀代の天才ゆえ斯界といっても守備範囲が広。だからか、小室の著書は簡単そうに書いてあっても実に難解で、読んで解ったつもりでも思い返すと、あれはどうだった、これはどうだった、とテンで理解できていない。そこまた我が知識不足を悟る。

さて、今週初めポンペオ米国務長官は、中国の南シナ海壟断を「違法」と断言した。この事態を環球時報は「ほとんどの中国の専門家は、米国が現在中国を封じ込めるために直接的な軍事紛争を除く全ての可能な措置を使っていることに同意するほど、米国からの圧力と課題が急激に高まっている」とする

テレ東NEWSより

国際社会が疾うに違法と知っていることを、今さらポンペオが明言したところで、なぜそこまで中国共産党が騒ぐのかとも思う。15日の環球時報の社説が、ポンペオは「中国が国際法を“力が正義を作る”と取り替えていると述べた」と書くあたりが、北京にとって痛いのだろう

よく知られる通り、16年にフィリピンが国際常設仲裁裁判所に提起した訴訟で、判決は国連海洋法条約の規定する範囲を超えた海洋資源に対する中国の主張を否定した。同条約署名国にも関わらず中国は出廷すら拒否、判決を紙クズと否定した。ポンペオ声明は、同条約を批准していない米国の立場をこの判決に明確に一致させたものだ(参考:15日のForeign Policy

この件では、民主党オバマ政権による「戦略的忍耐」という名の「単なる傍観」があった。中国南シナ海環礁浮沈空母化を横目に、オバマは「航行の自由作戦」を8年間で6た。民主党の大統領選暫定候補バイデンはオバマ政権の副大統領だ。他方、トランプ政権は「航行の自由作戦」を今年4回実施した15日のニューズウィーク日本版

ここで生じる疑問は、中国はなぜ国際常設仲裁裁判所の判決を無視したのかだ。もちろん判決は法的拘束力を持つが、この裁判所が執行権を持たないからだろうか。その答えの一端を、小室博士が冒頭の「中国原論」で、時代を超えて解説している。以下に中国の驚くべき法認識を紹介する。

中国人の「法律」に対する考え方は日本人と根本的に違う。欧米人とは日本人以上に違う。このため、中国人は法律に従ってやっているつもりでも、外国人から見れば、小室にいわせれば大ウソをついているように見えてしまう。このことの徹底的な理解がまず肝心

一般に中国は「儒教の国」といわれる。が、実は中国における統治構造は二重構造だった。つまり表向きは儒教で国を治めてきたが、実際は「法家の思想」で統治してきた。これを「陽儒陰法」という。法家の思想を小室は「法教」と呼ぶ

そこで表の儒教。儒教の救済とは良い政治を行うこと。すなわち集団救済で個人救済ではない。だから天が奇跡を起こして個人を救済することはなく、孔子の最高の弟子(顔回)すら餓死した(確かに毛沢東は大躍進で数千万人を餓死させた)。ここが個人救済のキリスト教や仏教やイスラム教徒との違い。

中国の孔子像(Rob Web/Flickr)

欧米近代社会では、個人でも集団でも、一旦契約を交わせば一方的な都合でそれを破るのは許されない。が、良い政治を行うことが至上の中国では、良い政治のために政策が変わるなら契約はどうでもよいと考える。つまり、中国人が信用できるかどうかの問題でなく道徳の根本の前提が異なるということ。

良い政治をすれば、すべて上手くいき、経済も社会も良くなり、人々も幸せになり、自然現象までよくなる、とまで考えて、小室は欧州の自由放任主義に思い当たる。が、20世紀になるとこれで巷は失業者で溢れた。そこで統制経済という社会主義思想も現れた。これが法教だと小室はいうのだが、この飛躍に浅学な筆者は付いてゆけない。が、話を進める。

法教を集大成した韓非子(?~233年)は、儒教の根本規範「礼」に代えて「法」の重視を主張した。法は君主が臣下を支配する根本原則で、全ての人民が従うべき基準。君主は法とその運用である「術」を併用して世の中を治める。秦の始皇帝はこれ天下を統一した。「焚書坑儒」もその一環。

では、「良い政治」を云々する儒教と「法術」を云々する法教と、どこがどう違うかといえば、それは重要事項の「優先順位」とのこと。儒教の優先順位は、倫理道徳→経済→軍備だが、法教では、経済→軍備→倫理道徳の順になる。2番目と3番目ももちろん重要、だが優先順位が異なる。

辛亥革命生き延びた儒教だが、共産革命では否定された。が、表面に出てこない法教はこれを生き延び、今も健在。つまり中国人は、上辺こそ儒教だが、実際は冷徹な法教で国を治めている。他方、道徳一辺倒で儒教を採用した日本は、本当の意味で冷徹な政治を知らない、というのが小室説。

法教では「立法」、すなわち法を作ることが非常に進歩した。だが、それは欧米の近代法と余りにも違うという。なぜかといえば、中国には主権という概念がない。近代国家では武力(を主権者が独占する。よって、近代の民主主義の出発点は、主権者から自分の権利を守ることとされる。

清教徒革命、名誉革命、米国独立宣言、フランス革命、これら全てに一貫するのは、法律とは権力に対する人民の盾であるとの思想。ところが中国の法教にはこの精神が全くない。立法や法の行使の点では進んでいるが、法律は政治権力から国民の権利を守るもの、という考えがまるで欠けている

それも当然で、法教では法律は統治のための方法、つまり為政者や権力者のためのものだから、法律の解釈をする役人は法律を勝手に解釈して良いのだ。「中国原論」が書かれた90年代後半に、小室は「現在、中国との商売で欧米や日本の企業が苦しんでいる理由は、ここに淵源する」と喝破した

flickr、官邸HP

そして現在、国際常設仲裁裁判所の判決だろうが、香港返還の英中共同宣言だろうが、法的拘束力も何のその、中国共産党にとって良い政治を行うためなら国際法など屁でもない。こうした西側の近代国家には理解しがたい法の概念を、韓非子の時代から持ち続けているのが中国なのだ。

その中国にポンペオはコロナパンデミックの対価を「絶対に」払わせるといい、トランプは「習近平主席と会談する予定はない」し、第2段階の貿易協定にも「興味がない」と述べた(参考:15The Hill。そして14日には「香港自治法」と「香港人権法」に基づく香港への優遇措置終了に署名した(参考:14POLITICO

大統領選が近づくに連れ、米中対決はさらに過熱してゆくことだろう。

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