「欧州の火薬庫」バルカンが騒がしい

バルカン半島は多民族が交差する地域で、昔から民族間の紛争が絶えなかったことから「欧州の火薬庫」と呼ばれ、恐れられてきた。ボスニア紛争、コソボ紛争が一応、治まり、冷たい和平状況が続いているが、そのバルカンの政情が再び動き出してきた。以下、バルカン諸国の主要な動きをまとめた。

▲コソボとの交渉に臨むセルビアのブチッチ大統領(セルビア政府公式サイドから、2020年7月16日)

▲コソボとの交渉に臨むセルビアのブチッチ大統領(セルビア政府公式サイドから、2020年7月16日)

バルカンの盟主セルビアの政情がきな臭くなってきた。セルビアの首都ベオグラードでは今月7日、新型コロナウイルス感染への規制再導入に怒った市民が議会前で抗議のデモを起こし、警察部隊と衝突した。デモは当初、週末の外出制限に反対するものだったが、次第にエスカレートし、ここにきて批判の矛先がブチッチ大統領の新型コロナ対策に向けられてきた。同国では6月21日、議会選挙が実施され、ブチッチ大統領の与党保守政党「セルビア進歩党」が圧勝したばかりだ。

ブルガリアでも路上デモが生じている。デモはボイコ・ボリソフ現政権の汚職政治に抗議するもので、首都ソフィアだけではなく、同国全土に拡大する気配を見せている。12日にはソフィアの政府庁舎前で数千人が現政権の辞任を要求した。

デモは9日、ボリソフ政権が警察力を動員してルメン・ラデフ大統領の側近を拘束したことから始まった。ラデフ大統領とボリソフ政権との間の権力争いだ。大統領は現政権を新興財閥と癒着していると批判し、厳しく追及してきた経緯がある。

一方、政情が不安定だったル―マニアはここにきて落ち着きを見せてきた。同国で昨年10月、中道左派の社民党(SPD)のダンチラ内閣に対する不信任決議案が採択された後、同年11月に中道右派「国民自由党」(PNL)からなるオルバン内閣が議会で承認され、発足。同月の大統領選挙でクラウス・ヨハニス大統領(PNL)が再選されたことから、大統領府と政府のねじれ状況は解消され、安定してきた。

ルーマニアでは2018年8月、ルーマニア各地で社会民主党(PSD)政権の退陣、早期総選挙の実施などを要求する数万人の大規模な反政府デモが行われた。同デモの直接の契機は、政府が2018年7月初めに著名なラウラ・コブシ特別検察官(Laura Kovesi)を解任したことからだ。

一方、欧州連合(EU)加盟を模索する北マケドニアはギリシャの要求を受け入れ、国名を「マケドニア共和国」から「北マケドニア共和国」に変更したが、フランスなどの反対でEUとの加盟交渉はスタート出来なかった。それに抗議してザエフ首相は1月、辞任したため、今月15日に早期選挙となった。選挙ではザエフ前首相の与党「社会民主同盟」が第1党を保持した。少数派のアルバニア系政党との連立交渉が次の焦点となる。今年3月には北大西洋条約機構(NATO)加盟が実現した。EU理事会は同月、加盟交渉の開始を決めている。

クロアチアでは今月5日、議会選挙が実施され、アンドレイ・プレンコビッチ首相が率いる保守与党「クロアチア民主同盟」が予想外の健闘で勝利した。今後は民主同盟を中心に、新政権の樹立に向けた連立交渉が進められる見込みだ。

スロバニアではシャレツ前首相が1月に辞任したのを受け、民主党(SDS)、現代中央党(SMC)、新スロベニア(NSi)、年金者党(DeSUS)の4党が連立に合意し、今年3月、中道右派政党SDSのヤンシャ党首の第3次政権が発足したばかりだ。

バルカンの最大の難題、セルビアとコソボの関係の正常化問題では今月16日、ドイツとフランスの調停でセルビアのブチッチ大統領とコソボのホティ首相がブリュッセルで首脳会談を行った。EU側は、セルビアとコソボに対しては、両国間の正常化を加盟交渉の前提条件として圧力をかけてきた。セルビアはコソボの独立を認めていない。

コソボは約90%がアルバニア系で、セルビア系は少数民族だ。コソボ紛争は1998年3月にはじまり、99年6月に和平が実現し、2008年2月コソボ議会が独立を宣言したが、セルビア系住民への扱い方などでセルビアとコソボ間で対立が続いている。

コソボでは昨年10月6日、ハラディナイ前首相の辞任と議会(一院制、定数120)解散を受けた総選挙が行われ、「自己決定運動」と「コソボ民主同盟」の2野党が得票で1、2位を占めた。今年2月3日、同両党から成る連立政権が発足したばかりだ。

なお、3年半以上にわたって3民族(セルビア系、クロアチア系、ムスリム系)間の紛争を続け、戦後欧州最悪の民族紛争を展開させたボスニア・ヘルツェゴビナは1995年のデイトン和平合意後、イスラム系とクロアチア系両民族から構成された「ボスニア・ヘルツエゴビナ連邦」とセルビア系の「スルプスカ共和国」の2つの主体から構成された国家となって今日まで続いている。和平履行は、民生面を上級代表事務所(OHR)が、軍事面をNATO中心の多国籍部隊(SFOR)が担当、3民族間の和解と連帯の歩みは遅々としたもので、「冷たい和平」と呼ばれる状況が続いている。

以上、バルカンの政情を駆け足でまとめた。中国湖北省武漢市から発生した新型コロナウイルスはバルカン全土に感染を広げている。6月に入り、欧州諸国が規制緩和し、経済活動を再開したが、新規感染者が増加してきた。バルカンではセルビアの新型コロナ情勢が油断できない。クロアチアでは新型コロナの感染拡大がこれ以上広がれば、同国の国民経済の行方を左右する観光業に大きなダメージが出てくることが懸念されている。

国家間、民族の壁で戦い続けてきたバルカン諸国は今、その国境、民族、人種の壁を越えて感染を広める新型コロナの脅威の前に不安と困惑に陥っている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年7月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。