日本版司法取引第1号事件(MHPS海外贈賄事件)に対して、高裁が検察に厳しい一撃

山口 利昭

すでに各メディアが報じているとおり、日本版司法取引制度(刑訴法上の「協議・合意制度」)が初適用されたタイの発電所建設に絡む贈賄事件におきまして、7月21日、東京高裁が二審判決を下しました。不正競争防止法違反(外国公務員への贈賄)の罪に問われた三菱日立パワーシステムズ(MHPS)の元取締役の方に対して、懲役1年6月(執行猶予3年)だった一審東京地裁判決を破棄し、罰金刑(250万円)を言い渡したそうです(たとえば毎日新聞有料版記事はこちらです)。これは検察だけでなく、司法取引を行った法人側も驚愕の判決ではないでしょうか(たぶんノーコメントだと思いますが)。

(写真AC:編集部)

(写真AC:編集部)

上記記事によれば、「(東京高裁の)朝山裁判長は、被告人が供与を了承したとする部下の証言は信用できないと指摘。(被告人は)『代替手段の検討を促すなど終始贈賄に対しては消極的な姿勢を示しており、共謀を認定した1審判決は合理的に疑問がある』と述べた」とのこと。ただし、その上で、取締役として(贈賄を)阻止すべき地位にあったのに事実上黙認したとして、不正競争防止法違反行為のほう助罪に当たると認定したそうです。(産経新聞ニュースによれば)「被告人はプロジェクトを管理する立場で、違法行為を阻止すべき義務があったことは明らか。明確に反対しなかったのは、一種のお墨付きに等しく、部下らに賄賂を渡しやすくした」とのこと。

たしか一審では「贈賄もやむをえない」との当取締役の承諾がいつなされたのか、関係者の証言に食い違いがあるために、実行者の証言の信用性が争点になっていたはずです(検察は「ザックリ言って〇〇ころ」と特定しましたが、一審判決では「そんなザックリな特定はダメ、しかし関係証拠からみて△△日に承諾があった」と認定していました)。共同正犯を認定するには、高裁では、このあたりの客観的な証拠に乏しかったものと思われます。

2018年11月7日の当ブログエントリー「日本版司法取引の運用は本当に客観証拠中心主義か?」において懸念していたとおりの結果になりました。日本版司法取引の実施にあたっては、日弁連あたりからも「無実の第三者を冤罪に巻き込む危険性がある」と指摘されていましたが、第1号案件から、(無実ではありませんが)この懸念が現実のものとなってしまったようです。贈賄の実行者の証言を積み上げる中で、どうしても経営陣まで摘発したい、との正義感から(?)、司法取引の合意に至る前の法人であるMHPSと検察とのコミュニケーションに無理が生じたものと思われます。

おそらく最高検察庁を中心に、急いで対応を検討しているものと思いますが、元取締役側の弁護人としては「してやったり」というところはないでしょうか。もし、今後のグレッグ・ケリー被告人の刑事事件で同様の事態となれば、もはや検察の威信はかなりヤバいことになってしまいます(いや、検察だけでなく日産もヤバいことになりますよね)。

ところで本論からは逸脱しますが、(仮に共同正犯とは認められなかった場合に)海外公務員への贈賄の可能性(将来的に、自分の部下が外国公務員に賄賂を提供する可能性)を知った取締役が「見て見ぬふりをした」だけで犯罪(実行者への精神的な支援を行ったこと)になるのでしょうかね?

もちろん、実行犯と取締役との関係性なども考慮されるものと思いますが(本件では実行者は執行役員や部長さん)、不正を見て見ぬふりをしただけで「ほう助犯」(犯罪)が成立するとなれば、取締役は通常「不正を阻止すべき義務ある者」なので、多くの役員の方々へ脅威となるのではないかと(A取締役、B監査役は、私が不正に走ることをうすうす知っていながら何も言いませんでした。ということは、会社のために不正をあえて犯す私を後押ししてくれているのだ!と思いました・・・等)。

ましてや、当該取締役の方は(実行犯とされる部下の方々に対して)「大型クレーンを使って資材を陸揚げするなどの代替手段を提案したり、会議の後に自分自身でタイに精通している社員に相談に行ったり」していたので、むしろ違法行為を回避するための努力をしていたそうですが、それでも「ほう助」に該当してしまうのでしょうか。判決全文を読まないと正確なところはわかりませんが、果たしてこういった場合に「ほう助」の故意があるとされるのかどうか疑問ですし、そもそも「見て見ぬふりをすること」が、不正行為を容易にするための「ほう助」という実行行為と評価できるのかどうか疑問も残ります。

本件では、検察と司法取引を行った(合意内容書面を締結した)のは法人であるMHPS社です。立件されたのは上記取締役のほかに執行役員と部長(いずれも判決確定で懲役刑-執行猶予)です。法律的には様々な論点がありますが、いずれにしましても、これは早く判決全文が読みたいところです。おそらく「最近の下級審判決」として、最高裁のHPに近々掲載されることが予想されますね。


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年7月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。