中国、バチカンにハッカー攻撃

米紙ニューヨーク・タイムズが29日、米インテリジェンス・プラットフォーム「レコーデッドフューチャー」の情報として報じたところによると、ハッカーチーム「Red Delta」が今年5月から7月にかけ中国共産党政権の要請を受けて、バチカン関連施設の通信網に不正アクセスしていたという。

▲中国共産党政権からハッカー攻撃を受けるバチカン教皇庁(2011年4月、撮影)

▲中国共産党政権からハッカー攻撃を受けるバチカン教皇庁(2011年4月、撮影)

情報源の「Recorded Future インテリジェンス・プラットフォーム」は米マサチューセッツ州に拠点を置き、ダークウェブを含むインターネット上の情報から、脅威情報とそれに関連する情報を分析した「インテリジェンス」を提供するSaaS型のサービス会社だ。一方、ハッカーグループ「レッドデルタ」(Red Delta)は中国共産党政権がスポンサーするハッカー・グループで、中国の戦略的利益を擁護する。

「レッドデルタ」はバチカン市国、教皇庁、香港カトリック教会教区、イタリア・ミラノの「外交ミッションのためのセミナー」へのハッカー攻撃を繰返していたという。バチカン側は中国側のハッカー攻撃に対してこれまで沈黙している。

問題はハッカーの狙いだ。ハッキングされた時期は今年5月から7月だ。バチカンと中国は9月、2018年に合意した司教任命権に関する協定の延期問題を話し合うことになっている。それに先立ち、中国側はバチカンの交渉ポジションを探る狙いがあったのではないか。バチカンは2018年9月、中国政府と司教任命権問題について暫定合意に達し、フランシスコ教皇は中国政府が独自に任命した政府系司教7人を承認している。

「レコーデッドフューチャー社」によると、ハッカーグループは3つの文書をフィッシング攻撃していたという。一つはバチカンのナンバー2、パロリン国務省長官の署名入り香港教区宛の文書で、最近亡くなった司教へのフランシスコ教皇の追悼文がそこに含まれている。同社によると、「古典的なスパイ活動だ」という。

最近、「フランシスコ教皇が中国訪問を準備中か」というニュースが報じられたことがある。現時点では憶測情報に過ぎないが、中国とバチカンの間には対立点より、利益が一致する部分が増えてきていることも事実だ。

「教皇の訪中準備か」という情報を流した海外中国メディア「大紀元」によると、パロリン枢機卿は、教皇の初訪中を検討し、最初の訪問先として「武漢市」を選んだという。都市封鎖から解除された武漢市の「再生」といった意味合いを込め、対中関係を推し進めようとしているというのだ。(「バチカンが『教皇の訪中』準備中?」2020年5月15日参考)。

中国とバチカンの両国には国交関係がない。中国共産党政権としては世界の政治に影響力があるバチカンと外交関係を樹立したいという願望がある。一方、バチカンは世界最大の人口大国の中国にイエスの福音を広めたいという宣教目的がある。両者の思惑が過去、接近し、「外交関係の樹立近し」と報じられたことがあった。

中国外務省は両国関係の正常化の主要条件として、①中国内政への不干渉、②台湾との外交関係断絶、の2点を挙げてきた。中国では1958年以来、聖職者の叙階はローマ教皇ではなく、中国共産政権と一体化した「中国天主教愛国会」が行い、国家がそれを承認してきた。

一方、バチカンは近年、中国共産党に宥和的姿勢を取っている。2019年3月から半年以上続いてきた香港民主化デモに対し、バチカンは沈黙を貫いていた。中共政権による違法な強制臓器売買という事実を無視するなど、中国共産党を擁護する動きが際立っている。バチカンは2018年9月、中国政府と司教任命権問題で暫定合意に達したが、バチカン側の歩み寄りが目立った。

2012年に権力の座に就いた習近平主席はここにきて「宗教の中国化推進5カ年計画」(2018~2022年)を実施してきた。「宗教の中国化」とは、宗教を完全に撲滅することは難しいと判断し、宗教を中国共産党の指導の下、中国化すること(同化政策)が狙いだ。その実例としては、新疆ウイグル自治区(イスラム教)で実行されている。100万人以上のイスラム教徒が強制収容所に送られ、そこで同化教育を受けている。キリスト教会に対しては官製聖職者組織「愛国協会」を通じて、キリスト教会の中国化を進めている、といった具合だ。

中国共産党政権が「国家安全維持法」を香港にも適応することを決めたことで、香港の民主化や自由を阻害する危険性が高まってきた。国際社会は中国の香港政策を厳しく批判しているが、バチカンはこれまで中国共産党政権批判を控えている。フランシスコ教皇は7月5日、香港情勢に言及しているが、中国共産党政権を直接批判することは避けた。

いずれにしても、中国共産党政権のバチカンへのハッカー攻撃に対し、バチカンが沈黙し、批判を避けるようなことがあれば、中国側は益々、バチカンに対し攻撃的に出てくるだろう。相手が弱いと分かれば、強硬に出てくるのはどの国の共産党政権でも同じだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年7月31日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。