李登輝閣下ご逝去、ささやかな筆者との接点の思い出

2020年08月01日 06:00

7月30日夕刻、台湾民主化の父である李登輝元総統閣下が逝去なさった。筆者は2014年1月に李登輝閣下の謦咳に接する機会を得た。それが台湾史に筆者がはまり、高じて朝鮮や東アジアの近現代史を素人研究するきっかけとなったので、深い感慨と悲しみを以てこの訃報に接した。

閣下の経歴や数々の業績、日本との関わりなどについては、ここしばらく新聞やテレビで語られることになろう。なので、筆者は、14年1月21日までの出来事を中心に、筆者にとっては余りに大きい思い出である、閣下とのごくささやかな接点について述べることにしたい。

筆者の台湾生活は11年の暮れから14年3月末までの2年3ヵ月に過ぎない。11年と言えば日本は民主党政権の菅内閣、3月11日には東日本大震災が起き、9月に野田内閣になった。個人的にも1月に母を亡くし、7月に還暦を迎え、年末に台湾赴任と記憶に残る出来事が多かった。

大学時代の筆者は、70年代半ばの学生運動末期ということもあり、通学定期を持ったのは1学年の半年だけ。それでもレポートだけは提出し4年間でやっと卒業した有様なので、大学への帰属意識はほとんどない。が、筆者が台湾で大学同窓のありがたみを感じたことに李登輝閣下が関係している。

台湾生活が1年半を過ぎた頃、ある事情から、高雄日本人会会長の任期が終わる14年3月末を以て帰国(そして退社)することを決めたものの、筆者には心残りがひとつあった。それは高雄の日本人会と日本人学校の皆に李登輝閣下のご講話を賜りたいとの思いだ。

持ち回りの会長職にあった13年の秋、偶さか台湾協会が蔡焜燦氏(台北国賓大飯店)と許文龍氏(台南ご自宅)に感謝状をお渡しする場に陪席する栄誉を得た。蔡さんは司馬遼太郎の「台湾紀行」に案内役の老台北として登場する愛日家、一代で奇美実業をトップ企業に育てた許さんも大の親日家だ。

このお二人にお会いしたことで、李登輝閣下に高雄へお越し願いたいとの思いがさらに募った。すると、伝を頼って「李登輝基金会」日本語秘書の早川友久氏とメール連絡を取る道が開けた。何度かメールをやり取りするうち、早川氏の文面に「高橋さんは私の大先輩だそうで…」とあるではないか。

母校の校友会「稲門会」が台湾にもある。本家は台北で高雄は分家だが、日本人だけの台北と違い人数の少ない高雄は台湾人留学生も一緒だ。すでに面識のあったANAの台北支社長も台北の会員で、早川氏は同支社長から筆者のことを聞き、メールにそう書いて来たのだった。

お陰で話はトントン拍子に進み、12月に日取りが決まった。だが、好事魔多し、直前に閣下が体調を崩された。止む無く中止となったが、筆者の3月末退職の意向は会社に伝えてあり、日にちがそうない。そこで早川氏が尽力してくれた。年齢は二回り近く違っても、同窓のありがたさが身に染みた。

閣下の体調も戻り、1月21日のご来高が実現した。会食の席は閣下を挟んで左右に筆者と学校の土地建物を貸与下さった高雄陳家当主の陳田柏氏。陳家が日本資本に伍して新興製糖を設立したことや『武士道解題』(小学館)の著書があることから、閣下には「新渡戸稲造と私」と題したご講話をお願いしていた。

席での話題は前年暮れに発足した第二次安倍内閣や今後の日本への期待に及んだ。筆者の頭には、12年6月に閣下が上梓なさった『日台の「心と心の絆」』(宝島社)の記述や、偶さか帰国した時に見た、BS11が12年4月に放映したインタビュー番組で閣下が述べておられたことが残っていた。

大震災1年後という時期の著書と番組ということで、内容は菅内閣の不手際に始まり、戦後左翼への批判、円高是正や2〜3%のインフレ政策、憲法9条改正から指導者が第一とすべきは国家と国民だが、余りに国内問題にとらわれ過ぎて外交が疎かになっていることまで、広く国内外に及んでいた。

会食でのお話もおおむね同じようで、それらが2期目の安倍総理が目指すところと余りに似ている。そこで筆者は、「閣下と安倍総理の間にホットラインでもおありですか」と聞いたものだった。もちろん「それは言えません」とのお答えだったが、筆者は今もそのお答えを信じていない。

題目に新渡戸をお願いしたのには、ひとつ別の理由もあった。それは閣下が台北高校の時、カーライルの「衣装哲学」を読んだが難解で理解できずにいたところ、台北の古本屋で見つけた新渡戸の講義録の一つに「衣装哲学」があり、それを読んで腑に落ちたという記述が前掲書にあったのだ。

当日は新渡戸の台湾製糖業への貢献や後藤新平の施策を中心にご講話くださったものの、「衣装哲学」についての次のお話は、日本人学校の小5から中3の生徒にも、また大人の我々にも少々難解だった。が、生徒の感想文を読む限り「メメント・モリ」には印象付けられたようだ。

原書では十分に咀嚼しきれなかった「永遠の否定」から「永遠の肯定」への昇華を明確に理解していくことが出来たのです。懇切丁寧な講義録を精読することにより、私が少年時代から常に見つめ続けてきた自分の内面にある「人間はなぜ死ぬのか」、「生きるとはどういうことなのか」というメメント・モリ、つまり死生観に対する苦悩が氷解していきました。

前述のインタビューでは「尖閣列島は日本の領土」と断言なさり、また台湾と朝鮮の違いも「台湾は植民地」だが「朝鮮は合邦」と述べて、チェコスロバキアの例を引かれた。台中関係も「台湾関係法があるから心配していない」と明確におっしゃった。

米中対立が先鋭化する今日こそ、李登輝閣下のような大政治家にして大哲学者の発言が国際社会には必要だ。そんな矢先のご逝去、閣下ご自身が何より心残りのことであろう。合掌

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