今、ベートーヴェンの「歓喜の歌」を

長谷川 良

ベートーヴェン(The Banff Centre/flickr)

今年はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン生誕250周年だ。中国武漢発の新型コロナウイルスが欧州で感染拡大していなかったならば、欧州各地で今頃、これを記念するイベントやコンサートが開催されていただろう。残念ながら、新型コロナの感染防止のため、多くのファンが集うコンサートは開催できない。音楽の都ウィーンでも交響曲第9「歓喜の歌」を楽友協会やコンサートハウスで聞くことはできない。

ベートーヴェンは1770年12月16日、ドイツのボンで生まれたが、21歳の時、ウィーンに移り住み、56歳で亡くなるまでウィーンで作曲活動をした。「ベートーヴェンはオーストリア人、アドルフ・ヒトラーはドイツ人だ」といった話が面白半分に囁かれたことがあったが、彼の音楽人生は主にウィーンだったことから、「ベートーヴェンはウィーン子だ」といっても間違いないだろう。

ベートーヴェンはウィーンでは「衣服を着替えるように、住居を転々させた」といわれるほど、引っ越しを繰返した。その点、モーツァルトとよく似ている。一カ所に長く住むことができなかったのは、不規則な音楽活動のため隣人関係が難しかったからだといわれている。

中央墓地のベートーヴェンの墓(2017年10月、撮影)

楽聖ベートーヴェンの葬儀には2万人以上の市民が集った。学校は休みとなった。ベートーヴェンの墓はウィーン郊外にある中央墓地に葬られている。その墓の傍にはベートーヴェンを尊敬し、「死後はベートーヴェンの傍に葬られたい」と願っていたシューベルトの墓がある。

参考までに、中央墓地の広さは甲子園の2倍ほどの広さがあり、欧州最大の墓地の一つだ。墓には番号が付いている。音楽家たちの墓コーナーがある。そこには楽聖ベートーヴェンからブラームス、シューベルト、シュトラウスまで、ウィーンの社交界で活躍した大音楽家やオペラ歌手などの墓が並んでいる。音楽家の生誕日や命日には、ファンからの花が届けられる。音楽家の墓の中で、献花の数が最も多いのは通常、ベートーヴェンだ。

ベートーヴェンといえば、「苦悩を抜けて歓喜に至れ」という有名な言葉を思い出す。ベートーヴェンは生涯、苦悩とと共に生きてきた。特に、28ごろから難聴で苦しんだ。音楽の世界に生きる人間にとって、致命的な病だ。ベートーヴェンは1度は死を考えたが、神が与えたその才能を完全に燃焼するまで作曲活動を続けることが自分の使命と考え、最後まで走り切った。

当方はベートーヴェンの多くの曲の中でもピアノソナタ「月光」が好きだ。夜空に月が輝くハイリゲンシュッタトの静かな夜景が浮かび上がってくる。美しい月とその光を肌で感じながら、心が慰められるのを感じる。近くには「ベートーヴェンの散歩道」と呼ばれる道がある。

モーツァルトの楽譜には修正された箇所が全くないといわれているが、ベートーヴェンの楽譜には修正の跡が至る所であったという。2人の天才作曲家には明らかに違いがあったわけだ。

ベートーヴェンはボン時代、フランス革命(1798年)の報を聞く。王権、貴族階級が崩壊し、自由と平等、博愛を賛美する時代の到来を告げたフランス革命に当時19歳だった若きベートーヴェンは大きな影響を受けた。彼は当時、詩人シラーの「歓喜に寄せて」という詩に曲をつけることを考えたといわれている。交響曲第9番第4楽章「歓喜」では独唱、合唱が入る。交響曲で独唱、合唱が入ることはそれまでなかっただけに、革新的なものだった。

2020年に戻る。欧州では中国発の新型コロナウイルスの感染が広がり、イタリア、スペイン、フランス、ドイツでも多くの感染者、死者が出ている。今年3月中旬から4月にかけ、欧州諸国は国境を閉鎖する一方、経済活動の制限、外出自制などを次々と実施していった。同時に、スポーツ・イベントやコンサートはことごとく中止された。

そのため、2020年ベートーヴェン生誕250周年関連イベントはその犠牲となった。欧州では5月末から6月にかけ、規制を緩和していったが、夏のバケーション・シーズンに突入したこともあって、新型コロナ感染者が再び増加傾向が見られだした。そのため、欧州でも渡航制限、マスク着用の再義務化などに乗り出す国が増えている。

ベートーヴェン生誕250周年の今年、本格的な記念コンサートを開くことが出来ないかもしれない。もちろん、インターネットでコンサートを開催することも可能であり、入場者の数を制限することで小規模なコンサート開催は可能だ。いずれにしても、世界のベートーヴェン・ファンにとって、新型コロナが恨めしいだろう。

新型コロナとの戦いは半年が過ぎようとしている、治療薬、ワクチンは来年に入ってからだろう。欧州の人々も新型コロナ感染への懸念でストレスが溜まってきた。このような時、ベートーヴェンの「歓喜の歌」が響き渡ればどれだけ心が解放されるだろうか。今こそ、「歓喜の歌」を!!


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年8月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。