コロナ禍で揺れる米国大学スポーツ

米国では、7月下旬になってMLBを皮切りにNBAやNHLなどのメジャースポーツが約4か月ぶりにシーズンを再開させました。当面は無観客での試合開催となりますが、テレビ中継も思っていたほどの違和感もなく、意外に普通に中継を楽しめています。もちろん、現地観戦の熱気を当分体感できないのは残念なのですが。

無観客試合に登板するダルビッシュ投手(MLB.comより:編集部)

細かく見てみると、事実上プレーオフを残すだけのNBAとNHLは中立地でのセントラル開催方式を採用している一方、シーズンが短縮されたとはいえ試合数の多いMLBは、家族と会えないことへの選手側の反発も大きく、当初計画されていたアリゾナ・フロリダでのセントラル開催では話がまとまりませんでした。

結局、テストの頻度を上げること(2日に1回やっているようです)で例年通りのフランチャイズ開催となりました(ただし、カナダが米国からの選手の入国を認めなかったため、例外的にトロント・ブルージェイズは今期だけ傘下AAA球団のあるバッファローを本拠地にすることになった)。

ところが、蓋を開けてみるととMLBでは選手や関係者から感染者が続出し、シーズンの続行が危ぶまれています。これを見て今、肝を冷やしているのは9月開幕のNFL幹部でしょう。NFLもセントラル開催は行わず、通常のフランチャイズ開催での実施を予定しているのですが、MLBの感染拡大によりこの開催方法に批判が集まっており、既にオプトアウト(参加辞退)する選手が続出しています。

いずれにしても、プロスポーツは健康で体力の有り余る20代の若者がチームの中心とあって、「試合以外は家でじっとしてろ」と言っても無理があるのですね。おまけに、お上に管理されることを嫌うアメリカ人独特の気質もあって、全般的に感染症対策がうまく行っていません。

そんな中、今米国のスポーツ界で大きく揺れているのが大学スポーツ(NCAA)です。米国全体で感染者数が一向に減らない中、NCAAは9月から始まる新学期でのスポーツの再開には慎重な姿勢を見せているのですが、腰が引けたNCAAの姿勢に対して5大カンファレンス(ACC、Big Ten、Big 12、Pac-12、SEC)が反対しています。もしNCAAが秋シーズンのスポーツを中止にするなら、5大カンファレンスだけで独自の大会を開催するとの動きも見せています。

5大カンファレンスに所属する大学は特にスポーツに力を入れる大学ですが、男子バスケとフットボール部に収益の大半を依存する構造のため、ドル箱である秋のフットボールシーズンを中止にすることは何としても避けたいのです。

Al Case/Flickr

先日、JBpressにも「マイナー運動部をリストラする米大学の懐事情」として寄稿しましたが、米スタンフォード大学が学内にある36の運動部のうち11競技を廃部にすることを公表するなど、新型コロナウイルスの感染拡大による体育局の減収により、NCAAでは収益力の乏しいマイナー競技が廃部の危機に瀕しています。

誤解を恐れずに例えれば、5大カンファレンスに所属する大学の体育局というのは「排気量は大きいが燃費の悪いアメ車」のようなもので、常にガソリンを注ぎ続けなければ車が止まってしまうのです。5大カンファレンスがNCAAの意向に反してでもイベント開催に漕ぎつけたいのはこのためです。

労使交渉によりオプトアウト(参加辞退)が選手の権利として正式に認められているプロスポーツに対し、労働組合のない学生スポーツでは、学生の立場を擁護する組織がなく、それが権利として認められていません(オプトアウトした場合は奨学金の取り消しなどの事実上の報復行為が考えられる)。こうした状況の中、Pac-12に所属する大学のフットボール選手が集団ボイコットを検討するなど、いわば学生スポーツの“労使対立”が先鋭化してきています。

今まさに米国では白人警官により暴行を受けて死亡したジョージ・フロイド氏の事件をきっかっけに全米的にBLM運動が席巻しており、シーズンを再開させたメジャースポーツも、オープニングセレモニーで例外なくBLM運動をテーマの中心に据えています。

 

 

Pac-12の学生選手は、こうした時流を捉えて「#WeAreUnited」という声明文をネット上に掲げ、以下の4つの要求をPac-12側に求めています。彼らは、学生選手の安全を犠牲にしてまでもスポーツ開催の強行を推し進めるPac-12の姿勢は黒人学生アスリートの搾取であり(フットボール部の選手は大半がアフリカ系アメリカ人)、大学が組織的な人種差別に加担していると批判の声を上げています。

  1. 健康・安全対策の実施
  2. 全ての運動部の存続
  3. 大学スポーツにおける人種差別の撤廃
  4. 選手への報酬支払いや肖像権利用の許諾など

コロナウイルスのパンデミック下にて、労使協調により社会問題をいち早く織り込んだリーグ経営が実現されているプロスポーツとは対照的に、労使対立により混迷を極めるNCAAの足並みの乱れが図らずも露呈した形になりました。

まあ、そもそも実質的にプロスポーツ組織である5大カンファレンスと、D-IからD-IIIまでの多くの大学を束ね、「スポーツより勉強が優先」との立場を強調せざるをえないNCAAとでは視線の高さが違っているため、昔から5大カンファレンスがNCAAを脱退して新リーグを作るのではないかという噂はありました。コロナ禍がそのきっかけになるかもしれません。

個人的にも、Power 5はNCAAから離脱して別のセミプロリーグを作った方が、NCAAとしても教育機関としての立場・ブランディングを守ることができるため、両者にとってHappyなのではないかと思います。


編集部より:この記事は、在米スポーツマーケティングコンサルタント、鈴木友也氏のブログ「スポーツビジネス from NY」2020年8月4日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はスポーツビジネス from NYをご覧ください。