企業研修:政策の作り方とビジネス

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先日、ある大企業の幹部候補生の方々の研修に講師としてお話してきました。

なぜ、政策が専門の僕が企業の幹部候補生の方に、どういう話をすればよいのかとおたずねすると、こんなお話でした。

40代半ばから後半の、これから幹部になっていく方々は、自分の守備範囲(職責)についてはこれまで高い成果をあげて社内で評価されているが、どうにも全体最適を考える発想が乏しいので、経営層になっていくには、そこが物足りない。社会全体を考えて国の政策の作る話をしてほしい。どういう考え方で、どのように作っているのかという話をしてもらって、視座を高めるきっかけにしてほしいということでした。

なるほど、そういうねらいであれば、お役に立てるかもしれないと思い、お受けしました。

色んな人がいるので、一般に官僚が企業の方より視座が高いか分かりませんが、確かに政策を作る際には、ものすごくステイクホルダーが多いので、考えないといけないことや理解を求めないといけない人の範囲がものすごく広いです。

一番、分かりやすい例を言うと、法律案を作る時には衆議院、参議院の国会議員の過半数の賛成を得ないといけません。

それだけ聞くと、数百人の国会議員がOKすればよいのかと思うかもしれませんが、国会議員も個人的な趣味で判断をしているわけではないので、常に支持者や国民にとってどうかということを考えるわけです。

案ができあがって国会議員に説明に行く前に、相当色んな人の理解を得ておく必要があります。
制度に関係する業界、経済界、労働界、その分野の専門家・有識者、地方公共団体、ユーザーとしての国民、納税者としての国民、メディア、他省庁など多様な人たちの理解を得ていく必要があります。

そういった方々と一緒に検討していきながら、理解を求めていく舞台装置が役所の審議会・検討会や政党の会議だったりするわけですが、会議の中でも外でもたくさんのコミュニケーションを交わしながら制度の設計をしていきます。

課題解決の設計と複雑な調整過程の両方が必要になってきます。

なぜ、政策の場合はそんなにステイクホルダーが多くの人の理解を得ないといけないかというと、民間事業と政策には本質的な違いがあるからです。

民間の事業は自社のサービスや製品に賛同する人が自分の意思で投資家、パートナー、顧客などの形で集まって成り立っています。分かりやすく言うと、お客さんがお店に行って好きなものを選べます。そして、そのサービス・製品を受け取る人がお金を払います。

ところが、国の政策の場合は選べません。労働時間を規制する法律や交通ルールを定める道路交通法は日本に一つしかありません。「私は、その法律キライだから適用しないで」と言うことはできないのです。しかも、そうした制度を運営するためのお金(この例で言うと労基署や警察の運営費など)は、税金として強制的に徴収されます。

だから、勝手なものを作られると、困る人が出てきます。
そうならないように、製品・サービスを買う時ではなく、商品開発の段階でだいたいのみんなの合意を取っておくことになっています。これが、民主主義であり、人類が歴史から学んだ知恵なのです。

【講演資料から①】

民間事業と政策の本質的な違い

講演では、こういうことを色んな政策の事例を盛り込みながらお話させていただきました。

民間の事業は、社会全体の合意が必要なわけではないので、役所よりもはるかに経営者に権限が集中しているしスピード感もあると思いますが、それでも何か新しいことを始めようとしたり、これまでの事業を変えようとすれば、社内の様々な部署を説得したり、ビジネスパートナーを探したり、投資や融資を集めたり、顧客を呼び込んだりと、かなり幅広いステイクホルダーの理解や賛同を得て巻き込んでいく必要があります。

自分自身の経験でも、役所時代を振り返っても、色々な企業や民間団体と一緒に仕事をさせていただいている今もそうですが、経営層の方々は漏れなく自社だけのことではなく、政策を作るときと同じような幅広いステイクホルダーを見ていますし、中長期的な視野も持っておられる方がとても多いです。

ひとしきり話をした後に、幹部候補生の方々に「仮に会社の全てを動かせるとしたら何をしたいですか?」と投げかけた時のやりとりは非常に面白かったです。

【講演資料から②】

200807 企業幹部候補生研修

なかなか企業の方が聞く機会のないお話だったようで、好評をいただきましたが、政策の作るプロセスの話が、企業の方の気づきになるという大変面白い経験でした。

また、こういう機会があれば嬉しいと思います。

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編集部より:この記事は元厚生労働省、千正康裕氏(株式会社千正組代表取締役)のnote 2020年8月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。