コロナ騒動と「男性の料理」問題

愛川 晶

ことの起こりは、アゴラ・新田哲史編集長の 7月30日朝のツイートだった。音喜多駿参議院議員が手料理の写真をアップされたのを見て、このように反応した。

マスコミの最前線で多忙を極めていらっしゃる方だから、料理をする暇などないだろう。それが当然だと思ったので、ほんの軽い気持ちで、私はたまたま撮影してあった前日の夕食の写真を添えてツイートすると、すぐに返信があった。

どうやら、本気でお悩みらしい。新型コロナウイルスの流行により、家庭のあり方が大きく変わりつつある今、「男性と料理」について、今回は私見を述べてみたい。

写真AC:編集部

そもそも日本人の男性は世界一家事をしないと言われている。少し古いが、2014年の内閣府の調査では、 6歳未満の子供がいる共働き夫婦における男性の家事・育児分担率は全国平均でわずか14.1%。世界を対象にした同様の調査を見ると、スウェーデンやデンマークなどは40%を超えていて、男尊女卑のイメージのある韓国でも20%台。日本より分担率が低い国は見あたらない。これでは働く女性の「ワンオペ家事・育児」が問題にされるのも当然だ。

ただし、こうなってしまったのは日本人男性の怠慢のせいではない。専門家の分析によると、主な原因は日本の職場において過度の残業が常態化していたことと、伝統的に男女の役割分担がはっきりしていたこと。夫も妻も夜遅くまで働いていたのでは家庭が回らないので、女性の社会進出が一般化して以降、共働き夫婦は妻が先に家へ帰って夕食の準備や子供の世話をするというのが一般的なパターンとなった。

専業作家になる以前、私は38年と 4カ月福島県の県立高校の教員をやったが、確かに私が採用された頃には、家庭のある女性教員は定時で帰宅する例が多かったし、また、校務分掌に関しても、小さな子供のいる家庭の主婦には面倒な仕事を回さないのが暗黙のルールとされていた。

その後、1986年に施行された男女雇用機会均等法の影響もあって、職場における女性の役割が増すと、そんな配慮をする余裕が社会になくなった。現在では何か特別な事情でもない限り、「女性だから」「主婦だから」というだけの理由で仕事が軽減されることはほとんどないだろう。

しかし、一度でき上がってしまった家庭のあり方はそう簡単には変わらず、歪んだ形のままででずっと続いてきた。母親も男の子にはあまり料理を教えないので、基本的なスキルを身につける機会もなく、世代が交替しても大きな変化は起きなかった。そこに、降って湧いたような今回の騒動である。

接待やつき合いで飲み歩く回数が減っただけならともかく、在宅勤務で一日中家にいるから昼飯まで用意しなければならない。休校中には、子供の分まで一日三食! それなのに、亭主は何もしない。4月、5月頃のツイッターは主婦の方々のそんな怨嗟の声であふれていた。「コロナ離婚」も増えるわけである。

自分自身の体験がどのくらい参考になるかはわからないが、私は2018年 3月に定年退職したあと、再雇用され、たった 4カ月で雇い止めにされた。『再雇用されたら一カ月で地獄へ堕とされました』(双葉文庫)で、「夏休み中に出勤したら、校長が下足入れの陰に隠れていて『もう来なくていい』と言われ、離任式はもちろん、授業を担当した生徒に挨拶もさせてもらえないまま追い出された」と書いたが、あれはすべて実話である。福島県の教員の再雇用制度はそれくらいデタラメなのだ(ちなみに、なぜ訴訟を起こさなかったかというと、『こんな美味しいネタをもらって、一冊書かないわけにはいかない!』と思ったからで、作家の業は実に深い)。

さあ、突然無職・無収入になってしまい、妻はフルタイムで働いている。もう一つ上の世代ならば、それでも眉間にしわを寄せて「男子厨房に入らず」と言えたかもしれないが、そんな度胸はなかった。仕方なく、毎日晩飯を作り始めたのだが……実際やってみて、主婦の仕事がいかに大変かが身に染みてわかった。

それまでも休日などには料理をしていたので、そこそこのスキルはあったつもりだったが、毎日となると、苦労が全然違う。もちろんスーパーなどで買ってきた惣菜もテーブルに並べたが、それだけというわけにもいかない。メニューを考えるだけで鬱になってしまった。

10年ほど前に84歳で亡くなった私の父は戦争中を経験しているせいか、食に異常なこだわりをもっていて、自宅ではパンも麺類も炊き込みご飯も一切口にしなかった。昔の男だから、家事は何一つやらない。つまり、母は一日三度、白い飯とおかずを用意しなければならないわけで、少し大げさに言えば無限地獄。まあ、当時の私も主観的にはそんな気持ちで、そこから脱出するのにはかなりの時間が必要だった。

長くなってしまったので、結論を急ぐが、では、料理のスキル皆無の亭主族は今後どうすればいいか。話がいきなり具体的になるが、「電気圧力鍋をお買いなさい」とアドバイスしよう。私はこの調理器具の存在を知ったおかげで、無限地獄からはい上がることができたのだ。そんなに高いものではない。ネットで検索すると8千円代からあるし、1万5千円も出せば立派なものが買える。

手元に届いたら、まずゆで卵を作ってみることをお勧めする。並べた卵の半分くらいの高さまで水を注ぎ、タイマーを1分にセットしてスイッチを押せばいい。圧力調整用のピンが落ちて、蓋を開けた時、きっと感動するに違いない。とにかく、まずは始めることだ。

レシピ本がついているはずだが、それを眺めて、カレーライスを作ろうなどと大それたことを考えてはいけない。初心者は大概それでつまづく。カレーというのは塩加減や辛さの調整が微妙で、なかなか味が決まらない。味の許容範囲が極端に狭い料理なのだ。しかも、小麦粉が入るから焦げやすい。

写真AC:編集部

電気圧力鍋を使用し、この時期にお勧めの料理はラタトゥユである。私は毎週一度は必ず作っている。ナス、ズッキーニ、ピーマン、タマネギなど好みの野菜とベーコンを適当な大きさに切って、トマトの水煮缶とともに鍋へ放り込み、コンソメスープの素一個、オリーブオイル大さじ一、二杯を加えて、五分間加熱するだけ。

失敗は絶対にしない。この料理は味の許容範囲がとても広いのだ。塩は加えず、ハーブソルトの瓶を添えて、各自で調整してもらう。ああ、そうだ。注意は何もないが、タマネギの茶色い皮だけはむいた方がいいだろう。そのままでもいいが、粗熱が取れたあと、冷蔵庫で冷やせば、今の季節にはまさにぴったり。

あとは、バケットと生ハムを添えれば立派なご馳走だ。編集長殿、いかがです? チャレンジしてみませんか。