不採算の銀歯を誰が作るのか!? 技工士と歯医者がガチ討論!

8月8日、歯科医師・企業家の田尾耕太郎氏と、技工士Youtuber中川D氏の公開討論がありました。大手歯科相談サイト「歯チャンネル88」をはじめ講演会等数多くこなす田尾氏が「問題の本質」と「具体的な解決策」を示すという触れ込みで、Youtubeライブ配信には最大520名の視聴者が集まりました。

写真AC:編集部

技工士は急速に高齢化が進んでいる、なり手不足の業界です。このままでは国民の受ける歯科治療の水準は明らかに低下します。多くの歯科医師は技工士が一般的に制作する精度での技工物の制作ができないからです。

(参考)入れ歯が作れなくなる !? 歯科技工士の危機 ― 中田智之(アゴラ2020年8月8日)

技工士たちからは日常業務の中で感じている八方ふさがりの現状を打開する解決策が示されるものと期待が集まりましたが、その内容は期待とは違うものとなりました。

1、 個人保険技工所という形態は持続不可能かもしれない

田尾氏の指し示した解決策は大きく分けて二つありました。

  • 保険技工は大手歯科技工所が行っているように労働集積によるベルトコンベア式で効率化を目指し、技工士のセーフティネットの役割を果たす。
  • 技工士個人の収入を伸ばすためには、SNS等を駆使して自分の技術力を発信して販路を開拓し、海外市場までも視野に入れる。

しかし、これらは技工士たちが直観的に理解していた問題点を、ロジカルに説明しただけでした。

確かに理屈の上では保険技工を中心に取り扱う個人技工所は労働生産効率が低く、大手技工所に勝てません。他の業界を見ても個人経営の肉屋や八百屋は、近くにスーパーマーケットができると経営が難しくなり、高齢になると潮時をみて閉店してきました。

商品開発や差別化に成功し、時代に合わせた変化をした個人店だけが生き残るのです。これは、歯科技工士の世界でも同じでしょう。

2、 技工士が悲願とする7:3大臣告示

この時技工士から多く聞こえてきたのが「歯医者は7:3大臣告示を守れ」という声でした。

これは1988年に「製作技工に関する費用はおおむね7割」とした厚生省告示です。例えば銀歯の装置代9520円とすると材料費4980円、残りを製作に要する費用合計として3180円が歯科技工士の技工料、残り1360円を歯科医師が得るという計算です。

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しかし既出の統計調査によると技工料は平均2261円で、技工士が希望する価格には程遠い現状となっています。

(参考)日本の歯科技工を守ろう ― 月間保団連(2018年1月31日)

(参考)2016年歯科技工所アンケート調査結果と概要報告 ― 全国保険医団体連合会(2016年12月8日)

これは必ずしも歯医者が儲けに走っているからではありません。ある試算によると歯の詰め物(インレー修復)の保険治療を行った場合、歯科医院が赤字になる場合があるそうです。

義歯や詰め物などの技工が必要な保険治療は歯科医院にとって赤字ギリギリの不採算な処置で、歯科医療全体としては衛生士を主役とした予防・口腔機能管理にシフトしていると言えます。

(参考)保険のメタルインレーは本当に赤字なのか? ― 歯科保険診療と収益について考える@ひら(2020年7月22日)

仮に7:3を法的拘束力などで厳守させれば問題は解決するのでしょうか。現状大臣通告という論拠があり、歯科の保険治療が法定価格であるならば、技工料に関しても法定価格でというのは一理あります。

しかし価格競争という手段を放棄した結果起こるのは、あまり上手くない代わりに安値で取引していた技工所の廃業です。価格が同じであるならば、一定以上の精度をもつ技工所に人気が集まります。

一方、精度で勝負するにも限界があります。銀歯は精度が一定水準以上であれば予後には影響せず、ほとんどの国内の技工所はその水準はクリアしているからです。所定の精度以上の芸術性(アート)は自費治療ならば必要とされたとしても、保険の銀歯では訴求力を持ちません。そうであれば、様々な制作物を取り扱う大手技工所に、歯科医院からの外注を一本化しようとする流れになってしまうかもしれません。

3、 大手歯科技工所は問題を解決するか

では自由市場主義の流れに逆らわず、保険技工は大手歯科技工所に任せるのが時代の流れとして不可避なのでしょうか。

ある技工士からの話では、某大手歯科技工所は銀歯の正規の技工料を2200円と表示しておきながら、歯科医院には1800円で請けると営業しているそうです。これは平均技工料を大幅に下回ります。

個人あるいは小規模技工所はさらにその下を潜ろうとするので、底値で1400円までダンピング競争が激化していると聞きます。これでは技工士は安月給か長時間労働のどちらかを選ぶしかなくなり、人材の流出は加速するでしょう。

その後に来るのは大手技工所によるシェア寡占の未来です。しかし既に大手技工所は銀歯の新規請負を中止しているとも聞きます。セラミックス治療や海外輸出など、採算の取れる部門に集中するのは、企業活動として当然と思います。

こうなったとき、国民の保険銀歯はだれが作るのでしょうか。

歯科医院が技工料を多く支払えば供給は再開できるかもしれませんが、もともと銀歯は赤字ぎりぎり。結果として起こるのは、保険銀歯をやりたがらない歯医者の増加、あるいは競争力の低い歯科医院の廃業です。

まとめ

ところで日本が世界に誇る皆保険制度は持続可能なのでしょうか。日本では歯がない人のほうが珍しいですが、アメリカの田舎に行くと歯抜けの顔を多くみると言われています。歯を失ったら保険治療で入れられるというのは、必ずしも国民のあたりまえの権利ではないのかもしれません。

この保険制度の上で技工士は技術力で独立できる、やりがい・自由・夢のある職業と紹介されてきたそうです。経済の停滞が続く日本において、それらは高額商品となってしまったのかもしれません。

さて、討論会自体は失望の声が多い中終わりましたが、その後ツイッター上では討論会をきっかけとして繋がった多くの技工士と歯医者の間で、活発な意見交換が始まっています。歯医者が知らなかった技工士のこと、技工士が知らなかった歯医者のこと。国民が知らなかった皆保険制度の実態。

互いを知り話し合う中で、何かが生まれることを期待します。