台湾高雄市長補選で大勝した民進党

アジア太平洋交流学会会長   澁谷 司

今年(2020年)6月6日、韓国瑜高雄市長に対するリコールの賛否を問う住民投票が実施され、市長の解職が成立した。

そのリコールを受けて、8月15日、高雄市長補欠選挙が行われた。結果は、民進党候補の陳其邁が671,804票を獲得(得票率70%)し圧勝した。国民党候補の李眉蓁(高雄市議員)は次点で248,478票(得票率25.9%)、台湾民衆党候補の呉益政(同)38,960票(得票率4.1%)に終わった。なお、投票率は41.83%である。

今回の高雄市補選で、なぜ陳候補が圧勝したのか。その要因をいくつか挙げてみよう。

高雄市長選で勝利した陳其邁氏(Facebookより)

第1に、陳其邁は、2005年に謝長廷高雄市長(現、台北駐日経済文化代表処処長)が行政院長(首相)へ転出するに伴い、同年2月から9月まで市長代理を務めたことがある。また、陳は、補欠選挙に出馬するまでの約1年半の間、副行政院長(副首相)の要職にあった。その実績は他の候補者とは比べものにならない。

第2に、前述の通り、今年6月、高雄市長がリコールされたが、その際、同市はお祭り騒ぎだった。民進党は、その勢いのまま補選を迎える事ができた。

第3に、「新型コロナ」に対し、蔡英文政権は、的確な対応を行った(特に、唐鳳・IT担当大臣と陳時中・衛生福利部長<保健相>の活躍が光る)。今年8月18日現在、感染者485人、死者7人と見事に抑え込んでいる。そのため、蔡英文総統への支持率が高い。今年7月28日に公表された「美麗島7月の国政世論調査」では、蔡総統への信任度(支持率)は62.9%、不信任度(不支持率)は30.1%だった。これが陳其邁の勝利を後押しした。

第4に、台湾では、今、中国共産党と親密な関係を持つ国民党が疎まれている。
目下、習近平政権は「戦狼外交」を展開し、北京政府は香港に厳しい態度を取る。
昨2019年6月から香港では「逃亡犯条例改正」反対運動が起きた。それ以降、台湾人は、香港市民が中国共産党に弾圧されているのを目の当たりにした。かかる状況下で、中国共産党に近い国民党は多くの台湾人に敬遠されている(だからこそ、今年1月の総統選挙で、蔡総統が大差で再選された)。

更に、7月1日、中国共産党は、香港に「国家安全維持法」を施行した。8月10日、『苹果日報』の黎智英や元デモシストのメンバー、周庭を同法違反容疑で逮捕している。まもなく2人は保釈されたが、今後、裁判の行方は予断を許さない(もし香港当局が彼らを同法で裁けば、それは“法の遡及”であり、世界から「事後法」と見なされる)。

さて、今年の台湾総統選直後の1月15日、蔡英文総統はBBCの単独インタビューに次のように答えた。

(不測の事態に備えて)「我々は多大な努力をし、自分たちの能力を高めてきた。(中略)台湾を侵略すれば、中国は非常に大きな代償を払うことになるだろう」(最近、米国は台湾に対し、F-16V戦闘機66機(総額80億ドル<約8,500億円>)の売却を決めた)。

今年8月10日、馬英九前総統は民間団体に招かれ、「両岸関係と台湾の安全」というテーマで講演した。その中で、前総統は以下のように語っている。

中国による台湾攻撃は「初戦すなわち終戦」であり、「もし戦争が始まれば、それは非常に短時間で終わり、台湾に米軍の支援を待つ機会を与えないだろう。その上、現在、米軍が来るなんてあり得ない」と述べた。

そもそも馬前総統は、基本的認識が間違っているのではないか。
台北市には米在台協会(事実上の米在台大使館)が存在する。その中には、米軍がすでに駐屯している。その規模は不明だが、少なくとも数百~数千人単位の数だと思われる。実際、台湾に米軍が存在している。前総統は、この事実をどのように認識しているのだろうか。

他方、馬前総統の前段の発言もおかしい。
万が一、中国軍が(澎湖島を含む)台湾本島の侵略を試みたら、台湾軍はすぐさま中距離ミサイル(射程1,500km)で湖北省宜昌市の三峡ダムを狙って反撃するだろう。

そうでなくとも、三峡ダムは長雨や台風による決壊が囁かれている。一旦、三峡ダムが決壊したら最後、長江流域の諸都市(武漢市、南京市、上海市等)や穀倉地帯はたちまち水没するだろう。三峡ダム決壊は、中国共産党政権の終焉を意味する。

深く『孫子』(「戦わずして人の兵を屈する事こそがベスト」)を学んでいる中国共産党最高幹部や人民解放軍幹部が、そのリスクを負ってまで台湾侵略をするとは考えにくい。

最後に、中国共産党の北戴河会議での決定事項と伝えられている内容を記そう。

今後、習近平政権は香港を含む国内では厳しい態度を採り、外国に対しては柔軟な態度を採るという。後者には、米国がバックに控える“外国”の台湾を含むのではないだろうか。

澁谷 司(しぶや つかさ)
1953年、東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。元拓殖大学海外事情研究所教授。専門は、現代中国政治、中台関係論、東アジア国際関係論。主な著書に『戦略を持たない日本』『中国高官が祖国を捨てる日』(経済界)、『2017年から始まる!「砂上の中華帝国」大崩壊』(電波社)等。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2020年8月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。