旧ソ連ベラルーシで独裁者が国民に「恐れ」を感じだす時

2020年08月20日 11:30

旧ソ連ベラルーシでアレクサンドル・ルカシェンコ大統領(65)の6選が決定したが、その大統領選挙(8月9日)に不正があったとして抗議するデモが全土に拡大、26年間君臨してきたルカシェンコ大統領は初めて政権崩壊の危機に直面し始めている。

▲国営企業MZKTを視察したルカシェンコ大統領(2020年8月17日、ルカシェンコ大統領公式サイトから)

▲国営企業MZKTを視察したルカシェンコ大統領(2020年8月17日、ルカシェンコ大統領公式サイトから)

今年5月29日に逮捕された反体制派活動家セルゲイ・チハノフスキー氏(41)の妻で大統領候補者だったスベトラーナ・チハノフスカヤ夫人(37)は17日、亡命先のリトアニアからビデオで国民にゼネストを呼び掛け、新しい政権が誕生するまで暫定政権の発足を促す意向を表明した。

欧州連合(EU)は19日、緊急首脳会談をビデオ会議形式で開催し、不正大統領選の全容解明などを求める一方、抗議デモで拘束中の国民の即釈放を要求する予定だ。それに対し、ルカシェンコ大統領はロシアのプーチン大統領に支援を要請。プーチン氏は欧米諸国に対し「内政干渉はやめるべきだ」と警告を発した。

ところで、ベラルーシ国民はいつルカシェンコ独裁政権への「恐れ」を捨てたのだろうか。26年間、ルカシェンコ政権は反政府運動を弾圧、政権に抵抗する国民をことごとく迫害してきた。大多数の国民はルカシェンコ政権に正面から抵抗することはできずに沈黙を強いられてきた。それがなぜ、今回、国民は立ち上がってきたのだろうか。新型コロナウイルスの感染拡大への恐れ、不安が国民を自暴自棄にさせているのだろうか。

冷戦時代、旧東欧共産諸国では大多数の国民は共産党政権の弾圧を恐れて沈黙したが、反体制派活動家が命がけの民主化運動を展開、ポーランドではレフ・ワレサ氏を中心とした独立自主管理労働組合「連帯」が創設され、チェコではバーツラフ・ハベル氏ら知識人や反体制派活動家が「憲章77」を結成し、共産党政権の打倒に立ち向かっていった歴史がある。

最も強烈なインパクトを与えた民主化運動は、24年間独裁政権に君臨していたニコラエ・チャウシェスク大統領を打倒したルーマニア革命だ。 チャウシェスク大統領の政権崩壊への最初の一撃を加えたのは同国トランシルバニア地方の改革派キリスト教会のラスロ・テケシュ牧師(当時37歳)だった。同牧師が主導する少数民族への弾圧政策に抗議する運動が改革の起爆剤となった。

テケシュ牧師は、「キリスト者としての信仰と、不義な者に対して逃避してはならないといった確信があった。多くの国民も、人間として自由でありたいという願いは、生命を失うかもしれないという恐れより強くなっていた」と後日、語っている(「『チャウシェスク処刑』から30年目」2019年11月27日参考)。

ベラルーシの場合、国民はいつ独裁者への「恐れ」を捨てたのだろうか。大統領選の不正問題に抗議する国民が治安部隊に殴打され、虐待される姿を目撃した同国国営企業の工場労働者からルカシェンコ大統領批判の声が上がってきたのだ。17日、大統領がミンスクの軍事車両工場を視察した時、工場の労働者から「退陣しろ」といった声が飛び出した。国営企業の労働者を支持基盤としてきたルカシェンコ大統領にとって大ショックだっただろう。不正選挙への抗議デモは治安部隊の動員で鎮圧できるが、国営企業の労働者の怒りを抑えることは出来ない。国営企業の一部労働者はストを続行中だ。一人の労働者が「職場を失うことを恐れていない」と断言していたのが印象的だった。

ルカシェンコ大統領はここにきて憲法改正、その後の政権移譲などを表明し、譲歩の姿勢を見せだした。これは欧米諸国の批判に耐えられなくなったからではなく、国営企業の工場労働者の「大統領退陣」要求の声が、日頃は強気のルカシェンコ大統領を弱気にさせているのだ。

旧東独で1989年5月初め、地方選挙が実施されたが、多くの旧東独国民は選挙が不正だったとして路上に出て抗議デモを行った。デモは同年10月のライプツィヒのデモまで続いた。旧東独共産党政権(ドイツ社会主義統一党)の崩壊の始まりだった。ドイツのカトリック教会ヴォルフガング・イポルト司教は、「べラルーシの現状は当時の旧東独と酷似している」と、ケルンの大聖堂ラジオとのインタビューの中で答えている。同司教は旧東独時代の体験から、「ベラルーシの国民にとって今、最も必要なものは欧米社会の連帯だ」という。

独裁者にとって「恐れ」を捨てた国民ほど怖い存在はない。弾圧や迫害にもかかわらず、立ち上がる人間がいたら、独裁者は「恐れ」を感じる。共産党政権下では数多くの国民が処刑され、殉教した。その圧政に抵抗する力が強くなり、国民の間に独裁者への「恐れ」がなくなれば、独裁者の終わりが始まる。

ベラルーシの場合、ルカシェンコ大統領は「恐れ」を感じ出してきたはずだ。同大統領が退陣するまでどれだけの時間がかかるか分からないが、もはや長くはないだろう。一度、国民に「恐れ」を感じ出した独裁者はもはや政権を維持できないからだ。

強権を振るう独裁者の前に「恐れ」を感じ、その前にひれ伏してきた国民がその「恐れ」を捨てた時、人は超人となる。死を恐れない人間、集団、組織が現れれば、独裁者はそれらを抑える手段がない。ルカシェンコ大統領は軍服姿で登壇し、国民に向かって抗議デモの即中止を呼び掛けたが、軍服姿の大統領からは以前のような威圧感は消えていた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年8月20日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

アゴラの最新ニュース情報を、いいねしてチェックしよう!

過去の記事

ページの先頭に戻る↑