ベラルーシはウクライナではない!

ロシアのプーチン大統領が大きな影響力を有している点でベラルーシとウクライナは酷似しているが、その内情は異なっている。大統領選の不正問題を追及されているベラルーシのルカシェンコ大統領がプーチン氏に支援を要請したからといって、2014年のウクライナのように、モスクワから即、軍事支援が実施され、反ルカシェンコ派が鎮圧されるということは現時点では考えられない。プーチン氏は両国の違いを知らない指導者ではない。自身の影響を効率的に発揮するためにはどうすればいいかをよく知っているからだ。

▲ミンスクの聖母と呼ばれる「聖霊大聖堂」(ベラルーシ共和国観光情報サイトから)

▲ミンスクの聖母と呼ばれる「聖霊大聖堂」(ベラルーシ共和国観光情報サイトから)

ズバリ、ベラルーシの政情がこれ以上エスカレートし、大統領派と国民の間の亀裂が拡大するようだと、プーチン氏は軍の派遣よりもルカシェンコ大統領にモスクワ亡命を勧めるだろう。ベラルーシ国民を反ロシア側にするような武力介入はマイナスだが、ルカシェンコ大統領がいなくてもベラルーシはやっていけるぐらい、プーチン氏は知っているはずだ。

ベラルーシの国民はウクライナとは違い、基本的には親ロシア傾向が強い。それをルカシェンコ大統領の独裁政権を守るために軍事介入して国民を反ロシアにするようなバカげたことをプーチン氏はしないだろう。第2、第3のルカシェンコは見つかるが、第2のベラルーシ国民は見つからないからだ。

リトアニアに亡命した大統領候補者の1人だったスベトラーナ・チハノフスカヤ氏(37)はビデオを通じて新しい国創りに参加する意思を表明するとともに、「新しい国は欧米とロシアの両方に友好な国だ」と述べている。

ウクライナの場合、東西が分裂し、西側は欧米寄り、東部地域はロシア傾向が強いことはウクライナの内戦を見れば理解できる。西側は東方帰一教会(東方典礼カトリック教会)が強い一方、クリミア半島を含む東部ではロシア系正教会が支配的だ。ベラルーシではそのような地域的分裂は少なく、宗教ではベラルーシ正教が80%以上を占めている(同正教はロシア正教の影響下にある。第2の宗教はカトリック教会だが、その勢力はせいぜい15%)。

ちなみに、ウクライナ正教会は2018年、ロシア正教会から独立した。その結果、ロシア正教会は332年間管轄してきたウクライナ正教会を失い、世界の正教会で影響力を大きく失う一方、モスクワ正教会を通じて東欧諸国の正教会圏に政治的影響を及ぼそうとしてきたプーチン氏の政治的野心は一歩後退せざるを得なくなってきた(「ウクライナ正教会独立は『善の勝利』か」2018年10月15日参考)。

ウクライナで親ロシアのヤヌコーヴィチ大統領退陣要求デモが発生した時を思い出してほしい。キエフのマイダン広場(独立広場)のデモ集会には欧州連合(EU)の旗を持参して参加した国民が多数見られたが、大統領選の不正に抗議するミンスクのデモではEUの旗を掲げる市民の姿は見られなかった。ベラルーシはロシアのプーチン大統領が推進するユーラシア連合に参加している。

一方、プーチン氏の対ウクライナと対ベラルーシの姿勢は明らかに異なっている。ウクライナでは同国の少数民族、ロシア系住民の権利を守るために直接的、間接的に軍事支援し、ロシア系が多数占めるクリミア半島を併合した。対グルジア戦争でも同じだった。ロシアは2008年、親西欧派のグルジアから分離を模索する南オセチア、アブハジアと連携を結び、グルジアと戦闘を開始し、短期間で勝利したことはまだ記憶に新しい。

しかし、ベラルーシでロシアが軍事介入するメリットはないのだ。だから、プーチン大統領は欧米諸国に「ベラルーシへの内政干渉は止めよ」と強く釘を刺しただけだ。もちろん、ベラルーシの政情が激変し、欧米諸国の影響が強まれば、プーチン氏も軍事介入のシナリオを考えざるを得なくなるかもしれない。

EUは過去、対ウクライナ政策で過ちを犯した。キエフ政府にEU加盟をちらつかせ、ウクライナに自由貿易協定の締結を迫ったことだ。ウクライナの国力と経済力はEU加盟の条件からはほど遠い。その上、国家の腐敗体質インデックスでは179カ国中、134番目だ。そのウクライナのEU準加盟交渉は両者にとって不幸なだけだ。ルクセンブルクのアッセルボルン外相は当時、「ロシアの欧州統合を促進せずにウクライナのEU統合を試みたのは間違いだ」と、ズバリ指摘している。ウクライナ内戦の責任の一部はEU側の非現実的な政策にあったわけだ。EU側はベラルーシに対して同じ間違いを繰り返してはならない(「ウクライナ危機では欧米も共犯者」2014年5月6日参考)。

旧ソ連・東欧諸国の経済統計・分析で有名なウィーン国際経済比較研究所(WIIW)のウクライナ経済専門家のロシア人エコノミスト、ヴァシ―リー・アストロフ氏は、「ウクライナは歴史的発展でも東西は異なる。宗教もそうだ。理想的な選択肢は欧州とロシア両者と友好関係を維持することだ。その前提条件は欧州とロシアの関係が深化することだ。欧州とロシアの双方と自由貿易協定を締結できれば、ウクライナは現在のようなジレンマに苦しむことはない」(「ウクライナ経済専門家に聞く」2014年3月5日参考)と述べている。同氏の発言内容はベラルーシに対してもいえることだ。

EUのミシェル大統領は20日、プーチン大統領と電話会談を行い、ベラルーシ国民と連帯するEUの立場を伝えている。早急なベラルーシ接近はウクライナの二の舞になる危険性が出てくるだけに、ロシアとの対話を継続しながらベラルーシとの関係を深めていくべきだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年8月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。