「コロナ政局」と化す富山知事選 〜 県の隔離施設対応に不満の声も

アゴラ編集部

石井隆一氏(左)と新田八朗氏=公式サイトより

10月25日投開票の富山県知事選が保守分裂による激戦となった経緯について約半月前にアゴラで紹介したところ、編集部にも県民から感想が寄せられるなどの反響を呼んだ。

都知事選より百倍面白い「富山の変」。経営者新人が官僚OB現職知事を猛追(アゴラ 8月8日)

記事は、県民の間でも話題になっていたといい、地元民の読者は編集部に「地元メディアは現職に忖度している節があるが、ネットメディアが公平な視点から取り上げてくれたのでSNSで広まっていた」といった実情を紹介。記者クラブメディアへの不信感が地方でも進んでいることを窺わせた。

8日に掲載した前回の記事では、4期16年を務めてきた現職の石井隆一氏(74)が、新人の新田八朗氏(61)に追い上げられるに至った経緯を紹介した。翌日、アゴラ執筆陣では、石井氏と自治省同期の早川忠孝氏が「石井氏ほど、誠実そのものの政治家は滅多にいない」と擁護したが、富山テレビと社会調査研究センターが行った情勢調査では、ついに新田氏がリード(参照記事)。石井陣営も巻き返しに必死で、選挙戦の行方はさらに混沌としている。

騒動の舞台は富山では有名な温泉旅館

ただ、石井氏は前回でも紹介したように目立った失政がなかったはずだが、編集部にある富山市民の50代男性から県のコロナ対応について疑問視する声が寄せられた。

玄猿楼の温泉(公式サイトより)

舞台となったのは、富山市が2005年に吸収合併した旧山田村地域にある温泉旅館「玄猿楼(げんえんろう)」だ。山田地域にはスキー場があり、玄猿楼は富山の温泉旅館を代表する存在として知られていたが、経営不振で2017年に自己破産し、現在は滋賀県の会社に運営母体を変えて経営を再建中だった。

そんな玄猿楼が、軽症者や無症状者の隔離施設に決まったと石井知事が記者会見で発表したのが11日。前出の男性は当時を振り返りながら「知事の発表は唐突に聞こえた」と不満を募らせる。男性の知人で、施設が見えるところに住む高齢女性は不安を抱いているという。

ただ、当然のことながら、富山県も住民の反応に神経を尖らせてはいた。県によると、7月末に玄猿楼側と施設使用で合意に至ると、発表より10日前の8月1日には、近隣住民の組織である「自治振興会」に対して説明会を行った。

県の担当者が住民にお詫び

しかし、説明会に参加したのは振興会幹部の住民だけに限られたため、県側は一般住民向けに拡大した説明会も行うことを提案したというが、警戒する住民側の求めもあり、まずは拡大説明会の前に、玄猿楼がある当該の町内会住民に7日付で告知文を配布している。

県が近隣住民に配布した告知文より(県提供)

それでも、前出の男性は「その時点で決定ありきにしか思えなかった」と憤慨する。また、告知文が行き渡っておらず、報道で初めて知ったという住民も少なくなかったようで、石井知事が発表した翌日の12日、県が玄猿楼で一般住民向けの説明会を開催した際には、担当者が詰め寄られてお詫びする一幕もあったという。

県の担当者は取材に対し「できる限り丁寧に進めさせていただいたものの、地域の皆さまの不安なお気持ちへの配慮が不足していた部分もあったことをお詫びした」と説明している。告知文によると、借り上げ期間は8月中旬から12月末までで、最大で50人の軽症者を収容し、看護師や県職員など運営スタッフが常駐する、としている。

富山県庁(663highland/Wikipedia)

富山県が玄猿楼に決定を急いだのは、県内でほかに施設確保の目処が立たなかったためだ。7月になると、政府のGo Toキャンペーンで県内の宿泊施設が埋まってしまったことも“追い討ち”し、県は焦りを深めていた。そうした中で、玄猿楼は4月時点で県が軽症者の受け入れ施設を募集した際に応募したことがあり、さらに4月以降は宿泊客の受け入れを休業中だったことから、県にとっては“渡りに船”だったようだ。ただ、これが住民の間では県の一連の対応が「後手に回った」という印象を強めたようだ。

それでも地元住民が不信感を拭えぬワケ

県が自治振興会で説明した際には「仕方ない」という声も多く、前出の男性も「富山で医療崩壊を起こしてはならないし、県の追い込まれた事情は理解するのだが…」と部分的には同情している。外部からは、住民の反応は、いわゆる「NIMBY」問題の典型に見えてしまいそうだが、どうやらこの地域特有の事情もあって断言もできない。

昨年7月に富山県内で「豚コレラ」に感染して死亡したイノシシが発見されたことを受け、富山市が拡散防止でイノシシを捕獲。その死骸を山田地区に埋めた際、埋め方がずさんだったことで市が住民に対して謝罪に追い込まれるという事態があった。当時の北日本新聞の報道によると、このときも住民から「地元への説明と埋設の順番が違う」と怒りの声があがっており、一部住民の間では「山田地区が行政に見捨てられているのではという不信感がもともとある」(別の富山市民)からのようだ。

今回、富山県が玄猿楼を隔離施設として決めるまでのプロセスが、昨年の「豚コレラ」の時の富山市の対応と、地元ではダブって見えてしまった可能性もある。

もちろん、コロナ対策を巡る行政側の利害調整は、感染拡大のスピードも加わって平時のそれよりも難易度が高く、玄猿楼を巡る「騒動」はその一例かもしれない。いずれにしても「目立った失政がなかった」石井知事が4期目の終盤にさしかかり、知事選の情勢も相まって県民は行政の対応に向けるまなざしが、普段より厳しくなっているのは確かなようだ。