個人情報保護条例が強いる「ひと手間」

GIGAスクール構想が個人情報保護条例に「妨害」されていると先に記事を書いたところ、条例が行政当局に「ひと手間」を強いる実例をもっと知りたいとの要望がきた。

千葉市の情報公開・個人情報保護審議会には、2019年7月に庁用自動車にドライブレコーダーを設置することが条例上問題ないか審議した記録がある。ドライブレコーダーは当然ながら通行人を撮影するが、通行人の事前同意を得ずに撮影してよいのだろうか。救急車等で車内の様子がドライブレコーダーに記録されることは、機微な個人情報の無断収集に相当しないのだろうか。この議論だけで議事録は10ページも費やしている。

審議を受けて、千葉市は『庁用自動車ドライブレコーダーの設置及び管理運用に関する要綱』を2020年7月に制定した。第5条「管理責任者は、ドライブレコーダーを設置した車両の内部及び外部に、ドライブレコーダーが設置されている旨をそれぞれ表示するものとする」が、通行人への事前通知に対応する。

第8条は「データは、交通事故又はトラブルの状況を確認し、原因の究明、解決、並びに再発防止を図るものに限るとして、これらの目的以外に利用してはならないものとする」と定め、取得した情報がみだりに利用されないように歯止めをかけている。

相模原市には相模原市奨学金(給付型)という制度がある。経済的理由により高等学校等への修学が困難な中学3年生を対象に返還不要の「給付型奨学金」を給付するものだ。対象者は400人程と推計され、すでに300人から320人が利用しているが、これを10割にしたい。そのために、市民税データや学齢簿データを「無断で」突合してよいか。2020年1月の情報公開・個人情報保護・公文書管理審議会に諮られた。もちろん、審議会は適切と判断した。

横浜市の小中学校では、教員の欠勤を補うために、臨時教員を採用する。そこで、臨時教員としての就労を希望する者を事前登録するシステム(簡易申請システム)を動かすことにした。この個人情報の収集が条例に反していないか、2020年2月の個人情報保護審議会で議論されている。審議会は是と判断し、登録が開始された。

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希望者は登録会に参加して手続きするというアナログ手法が用いられている。「登録申込書」は手書きで記入して、PDF化して簡易申請システムに登録するのだそうだ。その理由について、「 学校の先生という特性上、どのような字で教えられるかもポイ ントになります。」と所管課は説明している。

札幌市の情報公開・個人情報保護審議会は2020年4月に母子保健情報システムの変更について審議している。マイナンバー法によって、母子健康手帳の交付、妊産婦の訪問指導、新生児の訪問指導・健康診査などにマイマンバーを用いることなっている。今回の審議は、それに対応するシステム変更である。母子保健がマイナンバー法に定められたのは2015年、札幌市は2020年になってやっと法に対応しようとしている。

ここまで説明してきたように、ドライブレコーダーが通行人を撮影する是非や、経済的に困窮する子どもへの支援に行政データを用いることなどについても、いちいち個人情報保護審議会に諮るのが地方公共団体の実態である。臨時教員希望者を登録するシステムを作るとなれば審議にかけ、法律で決まっていることなのに母子保健にマイナンバーを用いることも審議を求める。

そのたびに行政当局は「ひと手間」を強いられる。一部の審議会は説明資料も公開しているが、それを見ると「ひと手間」がいかに大変かわかる。

個人情報保護審議会が個人情報保護に関する「門番」として機能するのはよいことだが、過剰に役割を果たすと行政のスピードが低下する。特に、個人情報を活用して対象者を支援することになる給付型奨学金や母子保健などについては、門番の役割を弱める必要がある。