安倍総理辞任:再登板で与えた希望と忖度で失った信頼

2020年08月31日 06:00

安倍晋三内閣総理大臣が、辞任する意向を表明した。潰瘍性大腸炎の悪化によるためだそうだが、クローン病と呼ばれる小腸にも炎症を引き起こす病気と同じようなしくみで起こるもので、腹痛、下痢、下血などの症状が続く難病である。この10年前後で多数の新規薬剤が開発されて、病気がコントロールされるようになってきたが、寛解と再燃(再発)を繰り返す厄介な病気である。当初効いていた薬剤の効果がなくなってきたようだが、早く健康を取り戻すことを願っている。

再登板後の安倍氏(左)と第一次政権の安倍氏(首相官邸サイト)

安倍内閣の功罪が議論されているが、私の印象を簡単に述べてみたい。一言でいえば、前半は功績の部分が大きく、後半はマイナス部分が多かったと思っている。特に、森友問題、加計問題、財務省の文書偽造、桜を見る会と、総理周辺や役所の忖度によって生じた問題に対しては、今でも説明がなされていない。決して、最近になって生じた問題ではないのだが、役人が恣意的に判断するとゆがみが生ずるのは世の中の道理だ。

そして、今年に入ってのコロナ対策は「アベノマスク」「PCR検査」に象徴される失点続きであったように思う。一般的に言えることは、将来の問題を含め、医学・医療に関する専門家集団が内閣の中に、あるいは、総理を目指す人の周辺に必要だが、そのような体制を持っていたり、準備している人はいないようだ。

米国では、大統領を目指す人は、必ず、いろいろな専門家をアドバイザーとして集め、現状の分析や今後取り組むべき課題をインプットしている(トランプ氏もそうしているかどうかはわからないが?)。私も、医療・医学に関わっている人たちから、ヒアリングされたことがある。幅広く意見を聴取し、それを客観的に分析し、国の戦略に取り入れている。国政を担うためには、多くの分野の知識を有していることが不可欠であり、不断の努力が必要である。

医療は、医学分野だけでなく、工学、薬学、人工知能など多種多様な学問領域が融合する形で、複雑に進歩を続けている。コロナについては、経済学的な視点も必要であるが、免疫の専門家、ゲノム研究者など、重要な分野をカバーすることもなく、非科学的な議論を続けているのは悲しい限りだ。そして、高齢者が自粛で家に閉じこもっている。それにより、運動能力や認知能力が低下し(フレイル)、1-2年後に起こるであろう重大な医療問題への対策が全く打たれていない。

少し話は逸れてしまったが、安倍政権の後半は、政治に対する不信感を強めたことはまちがいない。それでも、野党に支持が集まらなかったのは、旧民主党政権が「悪夢の政治」を行った結果であると思う。総理の「悪夢」という一言に噛みついた方がいたが、「悪夢」であったという反省なくして、日本の将来を託せるはずもない。新しい野党が生まれるようだが、顔を見る限り、旧民主党だ。原発・津波被災者を顧みず、自分の選挙のことだけしか考えなかった人たちにふたたび政権を渡すことなど、私には考えられないことだ。

そして、功績について2点だけ、ここに述べたい。まずは、日本の存在感を高めたことである。トランプ政権の評価はしないが、個人的な関係を築き、日米関係を強固にした意義は大きい。大統領就任前のトランプ氏に会うために、ニューヨークに出向いたことは印象的だった。そして、安定感のある長期政権によって、G7の首脳だけでなく、ロシアや中国の首脳とも会談を重ねたことは、日本という国にとっては貴重なことだったと考える。国の代表の顔が世界からはっきりと見えることは重要なことだ。国家間関係といっても、最終的には人と人の関係が大きなウエイトを持つので、今後が心配だ。

私が考える最大の功績は、再チャレンジできることを示したことにある。2007年に持病の悪化によって政権を投げ出さざるを得なくなった。医療の進歩によって健康を取り戻し、再び首相の座に就いた。新しい医薬品を生み出すことの重要性と希望持って再挑戦すれば叶うことを示した功績は大きいと思う。多くに人に、頑張ればやり直すことができるという希望を与えたと思う。もし、これがなければ、私は2度と日本に戻ろうといく気持ちにはなれなかっただろう。

日本の社会は一度でも、失敗、挫折をすると2度目のチャンスをつかむ可能性はないに等しい社会だったが、総理大臣という職責を、挫折を経ても、再びつかみ取ることができることを示した意義は大きい。現在、多くの方が、コロナ感染症下で、いろいろな危機に直面している。東京や大阪などの観光業、飲食店などは大きな打撃を受けている。頑張って冬を乗り越えれば、春が来ることを示したのが安倍総理だったと思う。

その意味で、一昨日、総理は感染症対策は説明されたが、今冬に大きな打撃が来た場合に、どのような支援策を打つ予定なのかは全く説明がなかったのは残念だった。経営環境が悪化している医療機関対策もなかった。医療崩壊が、医療機関の経営悪化や高齢者のフレイル問題で忍び寄りつつある。次期総理には、コロナ感染症によって起こる事態を俯瞰的にとらえて対策を練ることのできる叡知を結集してほしいと願っている。


編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2020年8月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。

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中村 祐輔
医学者、内閣府SIPディレクター

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