教皇「コロナ禍に関する回勅」発表へ

ローマ・カトリック教会のフランシスコ教皇は10月3日、新型コロナウイルスのパンデミックに関する回勅を発表する。回勅はカトリック教会の指針を示す公的書簡で、フランシスコ教皇自身にとって2013年の教皇就任以来 、“Lumen fidei” (13年「信仰の光」) と “Laudato si”(15年、環境回勅「あなたを称えます」)について3番目の回勅となる。

▲フランシスコ修道院(2020年9月5日、バチカンニュース)

▲フランシスコ修道院(2020年9月5日、バチカンニュース)

今回の回勅のテーマは世界に席巻する新型コロナウイルスの感染問題と、パンデミック後、人類はどのような方向性をもって生きて行かなければならないかを記した書簡で、教会関係者だけではなく、全ての人々を対象とした社会回勅の性質を帯びているといわれる。

オーストリアのカトリック通信によると、新しい回勅は “Fratelli tutti!”(全ての兄弟)というタイトルだ。アッシジの修道院で10月3日、フランシスコ教皇が署名することになっている。フランシスコ教皇は3日午後、聖フランシスコ(1182~1226年)の墓で礼拝をし、その後、回勅に署名する予定で、「礼拝は私的なもので、公開は予定されていない」という。フランシスコ修道院のエンゾ・フォルトナート報道官が5日、明らかにした。

ちなみに、アッシジはイタリア共和国ウンブリア州ペルージャ県の都市で、ローマから車で2時間余り。フランシスコ修道院の拠点があり、聖フランシスコの生誕地だ。フランシスコ教皇の名前もそこから由来している。

回勅では、新型コロナウイルスのペンダミック後の「新しいグローバルなオリエンテーション」に関する基本文書で、コロナ禍後の社会的、経済的問題での取り組み方を記したもので、多国間主義(Multilateralismus)の促進と弱者支援、そして生態学的変化への国際的連帯を促すものといわれる。

中国武漢発の新型コロナ感染で世界各地で多くの人々が苦しみ、亡くなっている時、「心の世界」のケアを行うべきキリスト教会指導者はこれまで沈黙してきたが、フランシスコ教皇が回勅を通じて何らかのメッセージを発信するというわけだ。

世界のキリスト信者たちが知りたいことは、「戦後、人類の最大の難問といわれる新型コロナの感染問題で神は何を考え、何処におられたか」だ。信者の中に新型コロナで何も語り掛けない神に失望する人がいる。イエスの復活や奇跡について饒舌に語る聖職者が新型コロナで苦しむ現代人に何も語らないとすれば、聖職者の神は聖典の中の神に過ぎず、今生きている人々とは無縁となる。フランシスコ教皇が今回、その信者たちの嘆きに答え、神の願い、その事情について語ってくれることを期待したい。

キリスト教根本主義者の中には「新型コロナウィルスは神の刑罰だ」と強調する聖職者はいる。その代表はトランプ米大統領の最大支持基盤でもある福音派教会(エヴァンジェリカル)関係者だ。一方、ローマ教皇庁「キリスト教一致推進評議会」議長のクルト・コッホ枢機卿は、「教会関係者が(新型コロナと神について)何も言えないのは、神が霊的世界だけに関与し、物質的、肉体的世界には関与されないといったグノーシス主義的神学の影響が強いからではないか」と分析している。すなわち、「新型コロナの感染問題は物質世界の現象であり、霊の神はそれには全く関係しない」という理屈だ(「なぜ『神』はコロナ禍で沈黙するのか」2020年6月1日参考)。

フランシスコ教皇は3月27日、新型コロナの終息のために祈りを捧げている。同教皇はこれまで様々な機会を通じて、新型コロナ問題と「その後」について語っている。回勅が公表される前に、その主要なメッセージをまとめてみた。

フランシスコ教皇は、「コロナ・パンデミックは人類を交差点へと導いてきた。このチャンスを利用し、世界が人類全てのハウスとなるため、自然と環境を重視し、質素に持続的に生きるスタイルを再発見すべきだ。悔い改めのチャンスの時だ」という。

新型コロナの治療薬、ワクチンは来年には出来上がるものと期待されている。ワクチンが出来上がれば、人々は昔のように、マスクを着用せずショッピングモールに出かけ、自由に飛び歩くことが出来ると考えている人が多い。それに対し教皇は、「人類はグローバルな経済システムと消費志向の生き方によって自然と環境を破壊してきた。持続的な経済成長への圧力、終わりなき生産と消費の循環で地球は限界線までに到達している。森林は滅亡し、地は汚染され、野原は消滅し、砂漠は広がり、海は酸性化し、嵐はますます激しくなる」と説明し、「創造の世界はうめいている。我々は神と和解し、自然と人々と和解しなければならない」と語っている。ハードルは高いが、クリアしていかなければならない課題だろう。

蛇足だが、当方の所感をまとめる。フランシスコ教皇は就任以来、米国に代表されるワイルドな資本主義社会を厳しく批判する一方、地球環境保護問題に傾斜してきている。ちなみに、同教皇は昨年4月、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーベリさんと会っている。

世俗化する欧米社会への批判自体、問題ないが、コロナ感染と「その後」をテーマとした回勅ならば、新型コロナ感染が中国共産党政権下で発生したことについて、やはり公平に論じなければならない。南米出身の教皇には共産主義思想への甘さを感じる。新型コロナ感染で世界が苦しんでいる時、バチカンの国務長官ピエトロ・パロリン枢機卿は中国接近の動きを見せている。イエズス会の雑誌「チビルタ・カットリカ」(La Civilta Cattolica)の中国語版が出版されたばかりだ。フランシスコ教皇はイエズス会出身だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年9月7日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。